見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
(はぁ...ダンスか。あんまり乗り気じゃないんだけどな)

ダンス・武道大会。第1学年最後のイベントとして、女子の間では盛り上がりを見せていた。恵理は正直そこまでやりたいと思うようなイベントだと思っていなかったが、女子の大半がやる気となると私だけが場を乱すわけにもいかない。あくまでチームで競う大会だから、どんなにやりたくなくてもやらないといけないのだ。

「1年5組の女子は準備を始めてください!」

そんな時呼び出しのアナウンスがあったのは、春乃のクラスである4組のダンス演技が終わりを迎えた時というところだった。


奥で集合しているクラスメイトが目に入り、自然に早足になる。そんなことはないが、遅れると後で気まずいことになるし、目立ちたくもない。

5組の演技が始まったのを遠目で確認していると、肩にドンッと衝撃があった。

「あっ...」

足がもつれそうになるが、なんとか堪えて振り返る。そこにあったのはクラスの中で見たことのあるような男子だった。体が非常に大きく、甲斐もなく気圧されてしまった。

「ご、ごめんなさい!急いでて...」

いつもの恵理らしくないような焦った様子を見せてしまう。

睨まれるような目線を感じるが、その存在感に押されて思わず目を背けずにはいられなくなってしまっていた。

背後では5組のクラスメイトがほぼ全員集まったようで、心なしかそれが伝わってきた。

「本当に、ごめんなさい!これからダンスの演技があるから、行かせてもらうわね!」

「お、おい!」

私は踵を翻した私にそんな声がかかったのを感じたが、気にしつつもダッシュで集合場所へと向かった。









武道・ダンス大会の1日目が終わりを告げ、そのまま流れるように解散した後、俺は天文部部室へと向かった。しかし、慎一も春乃もまだいないようで、鍵は閉まっていた。俺は息を吐きつつ鍵を取りに一回の職員室へと足を進める。

(こりゃ合鍵でも作った方が楽だな。いちいちいるかいないか確認してからもう一度取りに行かないといけないというのはなんとも二度手間すぎる)

心の中で愚痴をこぼして階段へと足をかけると、踊り場の窓から校庭に咲く花々とともに琴吹の姿が見えた。どうやら風景を絵にしているようで、花々を見ながら慎重に筆を進めているのが見えた。

「あいつもなんだかんだ言っても元美術部なんだよな」

その横顔は地震に満ちており、その中から楽しそうな気持ちが伝わってきた。

「頑張れよ」



そんな風に小さく呟く。今度コンクールがあってそれに応募するのだと言っていた。入賞を目指して頑張ってほしい。しかし、琴吹に向けていた目線を一瞬ずらした刹那、その先に複数の影が見えるのがわかった。

(なんだあいつら...コソコソと何を...)

そいつらが手に持っているのは校庭の隅に落ちていたと思われるハンドボールだった。琴吹が真剣に絵を描いているその死角に居座り、その瞬間を待っているかのように見える。その瞬間とはなんなのか。


(おい、まさか...!)


そいつらが向けた目線の先には間違いなく琴吹が写っており、明らかに狙っているように見えた。

(女子生徒相手に何をするつもりなんだ!まさかあのボールを当てるんじゃないだろうな)

あの図体であれば投げたボールが当たればタダじゃすまないだろう。

俺はその瞬間、奴らが何をしようとしているのかが分かった。奴らは何かしらの形で琴吹に危害を加えるつもりなのだと。

俺は階段を駆け下りながらその光景を逐一見ていた。何かあってからでは遅いのだ。俺は焦りを感じつつも間に合わない現実を悟った。

リーダー格であろう1番図体が大きな男が持っていたボールを振りかぶって思い切り投げた。そのボールは一直線に琴吹へと向かっていき、それはついに書いていた絵に直撃した。絵は吹っ飛び、中の絵もぐちゃぐちゃになってしまっていた。

琴吹はしばらく唖然とした様子を見せるが、投げた張本人を見つけて睨みつけた。男たちは高笑いをしながら琴吹へと近づくと、徐にとんでもないことを言い出した。

「ははは!どうだ今の気分は!俺は朝お前がぶつかってきたことを許した覚えはないぞ?だからその仕返しだ」

憂さ晴らしとでもいうかのようなとんでもない理屈を広げてくる。

琴吹は朝の時間帯にあの不良にぶつかってしまうという出来事があり、その腹いせにこんなことをしたというのだ。

「なによ!朝?ぶつかったのはちゃんと謝ったじゃない!それでも許せないというの?!」

琴吹はちゃんと分別のある人間だ。悪いことをしたらしっかり謝ることができるのだ。ぶつかったとなれば必ず謝るだろうから、今のは嘘偽りない言葉なはずだろう。

「ああ?!謝るだけで済むとでも思っていたのか?ごめんなさいで済んだら警察はいらないって聞いたことねえのか?あぁん?」

「逆に許さないなんてよっぽどあんたたちは心が狭いのね」

ただでさえ頭に血が上っている人間にそんなことを言ってしまうえばどうなるか分かっているだろうに...このままじゃ危ないな。女子とはいえ相手が何するか予想もつかない。

「ああ?!お前舐めてんのか?この及川剛様にそんなこと言ってただで済むとでも思ってってんのか?」

「そんなこと知らないわよ!あんたたちがボールをぶつけたんでしょう?!これ、どうしてくれんのよ!」

琴吹はあくまで一歩も引かない姿勢だ。


「先生!こっちで及川っていう人が暴れまわっています!助けてください!」

俺はこのままでは琴吹のみが危ないと感じ、やりたくはなかったが、そう叫んだ。

「ちっ....先公か。お前ら、逃げるぞ!」

しかしその判断は効果覿面だった。先生を呼ぶ声がしたやいなや、すぐに尻尾を巻いて逃げていった。これならつけ込む隙はありそうだが、首を突っ込んでいいことなどないだろう。今はおとなしくしなければ。

「大丈夫か?」

俺はゆっくりとした足取りで琴吹へと近づく。その言葉に気づいたようにパッと振り向くと、琴吹はなぜか俺を睨みつけてきた。

「そんなことする必要なかったわよ!あいつらとはここで決着をつけたかったのに」

琴吹はギリギリと歯ぎしりをしながら及川たちが去っていった跡を睨みつづける。

決着って...こうやって頑固なところは琴吹の良くないところだ。一度決めたら絶対に変えない、これは時にはいい方に働く場合もあるが、必ずしもそういうわけではないのだ。

「今日のところはそこまでにしておけ。これ以上何かするというのなら俺が許さない」

これ以上事を大きくしてはこちらにとってもデメリットしかない。俺は逆に圧力をかけながら琴吹へとそんな言葉をかけた。

いつもは睨みつけられる側の俺も、今回ばかりはこうせざるを得ない。悪いと思いながらも、琴吹の行動を牽制した。

その目に観念したのか、やれやれというような仕草をしながらため息をついた。


「はぁ...分かったわよ。ここで引くことにするわ。だけど、次はないわよ」

(次こんなことが起こったら俺が行動を起こすさ。二度と手を出せないように後悔させてやる。お前は心配するなって)

呆れた感じを顔に醸し出している琴吹を見て苦笑いをしながらも、その表情を静かに見つめる。

そんなことを口には出さずとも、自分の心に誓った。
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