見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
翌日、武道大会の2日目。昨日と同じく朝はいつもより1時間遅い9:30登校で、通学路はいつもより閑散としていた。それは上級生である2、3年生がいつも通りに登校していたからだということもあるが、涼磨からすると幾分気楽に来れた。

通学路での会話では多くが今日の武道大会の話で、勝ち進んだクラスの他に負けて今日何もないというクラスの生徒もいた。その生徒の会話は大体が、「なんで何もすることがないのにわざわざ学校に来ないといけないんだ」という内容であった。それも致し方ないことで、負けてしまったクラスはただ他クラス同士の対戦と最後の全く関係ない表彰、閉会式に出るというつまらないものが待っているだけだからだ。


準決勝のカードは、柔道が2組と3組、6組と8組で、拳法が2組と4組、5組と8組で、柔道が先に行われることとなった。結果からすると、3組、8組が勝ち抜き、決勝に駒を進めることとなった。続けて行われる拳法は、2組と俺たちの4組が最初に試合をすることになった。

道場の観覧席は一杯に埋まり、ギャラリーにも多数の影が見えていた。これは注目されているのではなく、ただここにいなくてはいけないからという理由だが。半分以上はスマートフォンに目を落とし、こちらを見ようともしていなかった。

俺はといえば、勝手に補欠にされて一応なぜかベンチ入り(?)させられているため、自分の意思でクラスの観覧席にいることはできなかったのだ。そのおかげで同情の畳の上に正座をさせられる羽目になっている。

「では2組と4組の試合を始めます。両者所定の位置についてください!」

放送部のアナウンサーだろうか、呼び出しのためだけに集められたであろう放送部員がマイクでそう告げる。

3人のメンバーが順に対面し、試合を行った。

結局、最初の2人が相手を倒し、こちらのストレート勝ちという形になった。3人目は形式上の手合で、会場全体は緩い雰囲気に包まれている。そんな中、最後の1人である両者が構えて試合が始まった。

2組の最後の1人はゴツい体で、ラグビー部にでも所属していそうな体格をしていた。両者がお辞儀をして顔を上げる。その顔をよく見てみると、なぜかそこには闘志があった。

(もう勝負は決まっているのになぜそんな表情をしているんだ...?)

俺は率直にそう感じた。ここから勝ったところで負けは確定しているのだ。もしかしたら最後だからひと暴れしてやろうとでもいうのだろうか。

そうだとしても、こちらの岡田も体格自体は負けていない筈だ。こちらが負ける可能性は五分五分だと言ったところだろう。

「ヨーイ、始め!」

「うおおおおおおおおお!!!!」

そう始まりの合図を審判の先生がした瞬間、相手のラグビー部員(仮)は勢いよく岡田へと襲いかかった。いきなりの攻勢に怯んだ岡田は、その拳に腹の鳩尾あたりに直撃を食らってしまう。防具をつけているとはいえ、あのように勢いよく叩き込まれれば、どんなに体が大きく、しっかりしていようとダメージはほとんど軽減できないだろう。なぜならあの場所は人間の急所だからだ。一見無造作に襲いかかったに見えた相手は、実はその場所のみを狙い定めて襲いかかったということかもしれない。

その一撃を食らった岡田はそのまま倒れこみ、一発KO(ボクシングではないが)となってしまった。

会場からはザワザワと声が起こり、その大半は岡田を心配する声であった。

(おいおい、大丈夫か...?)

先生が駆け寄り肩を揺さぶるが、反応が芳しくないようで、少し顔を青ざめているように見える。

直後、先生に担がれて保健室へと向かったようだ。あまり話さないような関係のやつなのだが、無事に越したことはないからな。少し心配だ。

大会はメンバーが全員揃っている柔道の決勝が先に行われることとなった。拳法の部門は一旦中断となり、もう1組の準決勝と決勝は昼休憩を挟んだ後の午後からという形になった。












本来は予定していなかった昼休みに生徒は文句たらたらであった。特に朝から何もなかった生徒は一際大きな不満を持っているようで、色々なところから文句が虚空にぶつけられていた。

昼休みが終わりに差し掛かるころ、自分の席で束の間の休憩を取っていた俺のところに来客があった。


「おい越知、岡田が今日は安静にしておけと養護教諭に言われたようで、決勝お前が出ることになりそうだ。本人はいけるってずっと言っているんだが、流石に行かせるわけにはいかないだろう。ということでよろしく頼むな」

「ちょっえっ...」

言うだけ言って手をひらひらさせながら去っていくその姿は、メンバーの1人である原木だった。

「良かったじゃないか!決勝に出れるってわけだろ?羨ましいぜ!女子にキャーキャー言われるんだろうな〜」

慎一はそう言うが、断じてそんなことがありはしないことは誰もが分かっているだろうに。これまでの試合を見てこなかったのかお前は。

「はぁ...やりたくねえな」

周りに聞こえないように小さくそう呟く。本当はやりたくないのだ。決勝でしかも最後の試合となれば目立たないわけがないだろう。どんな試合をしようが結局は目立ってしまうのだ。考えるだけで胃が痛い。


「そろそろ始まるみたいだぞ、行こうぜ」

慎一は徐々に人影が少なくなりつつある教室を見て立ち上がりながらそう言った。

(マジか...心の準備くらいさせろってんだ)


俺はため息をつきながら椅子から立ち上がって道場へと向かった。



道場に入るともう試合が終盤に差し掛かったようで、2人目がお辞儀をして終わるところだった。3人目が同じように試合を始めるのを遠目に見て憂鬱になりながら下を向く。


「4組のメンバーの人は、本部前に集合してください!」

そうアナウンスがあったのを聞いて、顔を上げつつ本部へと向かった。

(どうせやるしかないんだ。適当にやってなるべく目立たないように終わらせよう)

そう考えて俺は再びため息を吐いた。










もう一方の準決勝が終わり、決勝は4組と5組の試合となった。試合の準備時間の下を向きながら座っていると、原木が近づいてきた。


「お前は岡田の代わりだから、最後に入ってもらう。1勝1敗になったらお前に全てがかかってくるから頼んだぞ」

(おいおい、そんなこと頼まれて弱い姿を見せて負けたら逆にクラスから睨まれることになるじゃねえか)

俺は前の2人がどっちも勝つか負けるかを祈り試合に挑むことにした。



試合前の整列でも同じように暗い面持ちでいると、目の前で同じように整列していたやつが急に声をかけてきた。


「おい、お前は...」

そんな声に顔を上げると、そこには見覚えがある姿があった。

そいつは昨日琴吹の描いていた絵に嫌がらせをしたやつだったそいつの横を見ると昨日同じように取り巻きとして後ろにいた不良がいた。

(ここで厄介ごと起こしたら困るのはあいつだ。黙っておこう)

俺は再び下を向く。その姿を見た目の前の不良から歯ぎしりが聞こえたが、聞こえなかったふりをして試合の開始を待った。

「それではこれから4組と5組の試合を始めるます。両者、礼!」

「お願いします!」

俺は目を合わせないようにしつつ待機の場所へと下がった。


前からビシビシと睨まれているのがわかったが、目を合わせたら殺されそうだったので、ひたすら下を向いていた。


そんな状況に耐え続けていた中、試合が始まったようで激しい攻防が繰り広げられていた(想像)。

そんな時間も終わり、結局1番なって欲しくなかった1勝1敗が現実のものとなってしまった。

「越知、死ぬ気で勝てよ!」


(おいおい、マジかよ...本当やめてほしいんだが)

会場全体から注目を浴びる。最後、しかも決勝で1勝1敗となればあまり関心のなかった生徒もこの時ばかりはこちらに目を向けていた。

(うわぁ...めちゃくちゃ居づらいんだけど...)

穴があったら隠れたい思いだったが、現実は非情であった。

「3人目、所定の位置についてください!」

そんな声に従わざるを得ない。

目の前にいた相手は...変わらずさっきの不良であった。

「ククク...まさかお前が相手とはな。昨日のこと、忘れたとは言わせないぞ?先公の目を気にせず正当にお前をブチのめすことができると思うと鳥肌が立つな!」

目を見ると完全にヤバいやつだった。それは俺を仕留めようと躍起になる獣の目であった。


「私語は謹んで。では、よーい、始め!」


その瞬間は唐突にやってきた。その声がかかった途端、襲いかかってきた不良。

(この状況で適当にやり過ごすなんてできないぞ!)

力だけで襲いかかってくる相手をかわしているだけでいると、後から岡田とかに責められかねない。

「避けてんじゃねえよ!食らいやがれ!」

怒涛の攻めを見せる不良に対して避け続ける俺。しかしこのままでは拉致があかない。

(ちっ...仕方ねえな。こいつを野放しにしておくと琴吹に危険が降りかかる可能性がある。この前以上の危険に出くわせば、何が起こるかわからない。やつは女子だからと手を抜く相手ではないとこの前よくわかったはずだ。)

何も起こらなくてもストレスになってしまうかもしれない。同じクラスのやつなのだから、何が起こってもおかしくない。


(だから俺は...こいつを倒してこれ以上琴吹に手を出させないようにする。目立つ目立たないのくだらない次元で悩んでる場合じゃないだろ。琴吹の安全と俺が目立たないこと、天秤にかけてどちらが大切かって見なくてもわかる。やるしかない!)


俺はそう決意した途端、獲物に喰らいつくかのような攻勢を見せる不良にカウンターをかけた。

「グォッ...」

不良がそれに怯んだ瞬間、腹へと蹴りを入れる。その攻撃に吹っ飛ばされたが、さすがに体が強い。追撃しようとした俺の打撃をすぐさま感知して体を起こし、間一髪で避け切る。

その攻防を見ていた会場はシンと静まり返る。中には食い入るように見つめる者もいた。

避け切って体を立て直そうとしていた不良にそれをさすまいと拳を叩き込む。再び打撃を受けた不良はよろけて足元がフラフラしている。

「なんだお前は...なぜここまで強いんだ!」

ここまで来てようやく自分が不利に立っていることを自覚したのか、そんな声を上げる。

そもそも、そんな力任せの攻撃で俺に勝てるわけがないだろう。武道は力ではなく技術なんだ。ここで俺がお前の“パワー”を否定してやる。

力で周りを屈させらるほど世の中甘くないってことを知らしめてやる。

俺は冷静によろける不良へと再び打撃を叩き込む。そして足がもつれたところに足を引っ掛け、そのまま体を倒し込んだ。

その瞬間、審判の先生が旗を揚げて、勝負が決した。

「この試合、4組の勝ち!」

俺は息を大きくはいて、敗者となった不良に告ぐ。

「これが報いだ。わかったら二度と琴吹に絡むなよ」

不良は歯ぎしりをギリギリと響かせながら、お辞儀ををせずに道場から出て行ってしまった。

「お、おい!どこへ行く!」

先生のそんな声を無視して行ったため、数秒の間白けてしまったが、その直後大きな歓声が上がった。



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