見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
琴吹恵理は、自分の組の試合を見届けるために観覧席にいた。クラスのメンバーは昨日自分に嫌がらせを吹っかけてきた不良どもだったが、だからといって応援せずともここから去るわけには行かない。嫌だと思いながらも自分のクラスの相手である4組のメンバーが入ってきたのを見て、驚愕した。

(なんで越知、あんたがそこにいるの?!)

率直に言ってとても驚いた。何回か4組の試合も見たが、そこに越知の姿があることはなかったからだ。

だからこそ、私は驚かずには居られなかった。自分のクラスの試合も全部見てきたが、力攻めで見ていて気持ちのいいものではなかったのだ。しかも、その中の代表格があの不良である西田であって、対戦相手の全員をノックアウトさせていた。ルールなんてあったもんじゃない。

4組だって、前の試合まではあの巨漢だったはずだ。準決勝で相手に怪我を負わされたみたいだけど、防具をつけていたから当然次も出てくると思っていたのだ。

つまり、そのかわりが越知で、相手は西田なのだ。最悪の展開じゃないだろうか。

越知は決して小さいわけでもないが、本当に平凡な体型なのだ。西田のような巨漢に打撃を入れられたらたまったものではない。

1勝1敗で迎えた最終戦は、彼にとって最悪の展開なのではなかろうか。先に二敗か二勝していれば良かったものの、この対戦が全てを決めるとなるとワザと負けるなんていうことはできっこない。そんなことがあればクラスメイト全員から睨まれかねない。

しかも相手はあの西田なのだ。昨日私がぶつかってしまったせいで、西田の逆鱗に触れてしまったのだから、謝ったとしてもここまでくれば非を認めないわけには行けない。十中八九昨日だってお互いの顔を合わせているのだから、西田がそれに気づかないはずもないのだから。

自分1人の責任で起こることであればまだしも、それが原因で他人に迷惑をかけるというのは恵理本人のプライドにも関わる。もともと気が強い方である恵理はきっと自分を許せなくなってしまうだろう。

そんなことを考えていても時間は過ぎていくばかりで、気づけば2人はすでに位置について試合の開始の合図をじっと待っていた。片方は今にも爆発しそうに見えるが。

「私語は謹んで。では、よーい、初め!」

その合図がコールされた瞬間、西田は思い切り越知へと襲いかかった。その勢いに見ているこちらも怯んでしまい、思わず目を伏せる。

しかし、その勢いに屈することなく、越知はそれを避け切った。その様子は体と体がぶつかる音がしなかったことから察することができた。

(目を伏せるな恵理!あいつは私のせいで危険に晒されているのよ。ちゃんと見ないと!)

私は自分で自分を奮い立たせ、しっかりとした目つきでその手合いを見つめる。

その後も間一髪というように避け続けるが、越知の顔から焦り恐怖といったものはほとんど感じられない。というよりも余裕さえ見える。

(なんなのよあの余裕の表情は...?)

首を傾げそうになりながらも越知の顔を追っていると、急になにかを決意したかのように表情が変わった。その直後、気づくと目で終えない速さで反撃に出ていた。そこからはすぐであった。力任せでグイグイと押し込んでいくスタイルの西田は、急に変わった動きに対応することは出来ず打撃を直に受けた。

その攻撃に怯んだところに越知はもう一度追撃を入れ、頭が追いつかないまま勝負がついた。

「な、にあれ...」

勝負がついた瞬間、溢れた言葉はそんなものだった。そして次の瞬間、恵理の心に安堵が流れ込んできて、そして越知の顔から目を離すことができなかった。

(なんだろう、この気持ち)

初めて感じたこの気持ちはなんなのだろうか。重圧から解放されたという安心感は確かに感じた。しかしそれだけではないのだ。これまでと何かが違うのだ。でも、それがなんなのか想像にもつかない。

結局、今自分の心になにが起こっているのかも、恵理自身でさえ理解することはできなかった。それから越知と顔を合わせるのを心が何故か拒絶し、モヤモヤとした気持ちをその身に抱えたまま、家路へとつくのであった。
< 26 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop