見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
試合が終わると、静まり返って戦いの様子を見つめていた者たちがまるでなにかが爆発したかのように声をあげた。声の元は会場全体で、見渡すと皆がなぜか声を上げていたのだ。中には朝からずっと憂鬱な表情でスマホに目線を落としていた者たちも例外なく、だ。
(おいおい、悪目立ちどころかこの騒ぎの中心じゃないか...どうすればいいんだよこれ)
もう収集がつかないと察し、やれやれと体で表しながらも、どうしようもない。聖域のように人が立ち入らなかったリングの外に出ると、その騒ぎは一際大きくなったように見えた。
真っ先にクラスメイトのほぼ全員から殴られんばかりの勢いで駆け寄られた。
「お前すげえじゃんか!見直したぞ!」
(見直すもなにもこれまで眼中にさえなかっただろ...)
そんな愚痴もその喧騒に消えていく。揉まれるうちに反応しようという気持ちさえ何処かへ行ってしまった。
「それにしてもあの西田を倒すなんてお前格闘技でもやってたのか?」
(あいつ西田っていう名前だったのか。興味さえ湧かなかったな。それにしても格闘技って...)
拳法をやっていた、などという事はもちろん言わない。とりあえず返答に困ったので適当に誤魔化しておく。
優勝となればここまで喜ぶのも当然なのだろうか。正直たかが高校生の武道大会だろうと甘く考えていたが、そうではなかったようだ。よく考えてみると、前の高校でも、体育祭や球技大会でも優勝したクラス、組は宇宙まで飛んでいかんばかりに大声を上げて喜びを露わにしていたことを覚えている。
もうこうなると俺にはどうすることもできない。流れに身を任せ、その騒ぎの中心でじっと耐えることにした。
◇
第一学年最後の一大イベントが終わりを告げると、テストを意識し出す者が増えだした。中にはカラオケに行ったり、ショッピングに行ったりと現実逃避して遊びに耽っている者もいた。
「学年末考査とか...むりだーーーー助けてくれ涼磨!」
慎一は神に頼むごとく泣きながらそう言うが、あいにく人に教えるなどという才能は持ち合わせていない。
「あれ、阪田勉強苦手なの?」
横で座っていた春乃が心配そうな表情で問いかける。勉強が苦手でない限りクラスメイトに泣きついたりしないだろう。
「坪倉〜そうなんだよ...勉強だけは無理なんだ!」
まぁ見た目がスポーツやってそうだし、そうであってもおかしくはないだろう。というのはただの偏見だろうか?そもそもスポーツをやっているわけじゃないが。
「そうなんだ。じゃあ今週の日曜日に勉強会でもする?」
その提案は、慎一の表情をパッと明るくさせりゃ一言であった。
「ぜひお願いします!!!」
獲物に食いつくかのように声をあげるが、春乃はその様子に少々気圧されながら
「あはは...あ、涼磨ももちろんくるよね?」
(断定するなよ...もう断るのに勇気がいるじゃないか)
「あー。わかったよ...俺は別に勉強が苦手なわけじゃないんだけどな」
そう、俺は別に勉強ができないわけではない。前の高校はそれなりに頭が良かったし、そこでも普通に授業についていけていた。定期テストなんて決められた範囲の分野を勉強するだけで点が取れるのだから、苦労はほんの少しだと思っている。
「じゃあ決まりね!あとは恵理を呼べばいいかな?結局天文部のメンバーだね」
まぁ俺にとって普通に話せる相手もこの3人に限られているから問題はない。武道大会をきっかけに話されることは多少増えたとはいえ、それはまた別の話だ。
そして春乃はRINEを開いて琴吹とトークを始めた。
(勉強会...ねえ。)
中学の時は時々野球をやりながらも、ほかにやることがなかったため勉強をずっとしていた。そんな経緯もあり、勉強はできる方なのだ。
「恵理、おっけーだって!じゃあ日曜日に...涼磨の家はどう?大丈夫だったりするかな?」
(えっ...マジかよ。まさかうちに呼ぶなんて案が出てくるとは思わなかったぞ...)
「え、俺の家?うーん...」
俺は考えを走らせて、ウチに呼ぶことに問題がないか悩み出す。
(いや、呼ぶこと自体に問題はない。問題はないんだが....)
問題という問題があるわけではないが、どうしても躊躇してしまう。
(あ、そうだ。お祖母さんの家なら...)
祖母の家といっても、元々祖父が住んでいて、俺もそこで何年か住んでいた家だ。人を呼ぶのにも十分な広さがあるし、自分の部屋となると抵抗があっても祖母の家であれば問題ない。
「昔住んでたんだが、俺の祖母の家なら多分いけると思うけど」
「ごめんねなんか。ウチは今週お父さんが人を呼ぶって言ってて無理なんだ...」
春乃が申し訳なさそうに言う。春乃のお父さんは結構凄い人で、想像するに大事な客ということは分かる。そんな春乃に無理いうわけにもいかない。
「いや、全然平気だって。気にしなくていい」
「ごめんな涼磨、俺の頼みだからウチでも良かったんだが、ウチは弟がうるさいからな...」
家族がいて無理、なんていう話は仕方がない事情だから、俺の家しかないというわけだ。
「じゃあ日曜日、9:30に和田塚駅で良い?」
「おう、それで大丈夫だ。慎一、お前のためみたいなもんなんだから寝坊するなよ?」
日曜日だから体が起きるのを受け付けないなんていうのよくある話だ。
「分かってるさ。坪倉、よろしくな!」
かくして勉強会が開かれることになった。
◇
「おはよう」
俺が目をこすりながら集まった面々に声をかけると、1人あからさまに顔を背ける影があった。
(おいおい...そこまで俺が嫌いなのか?)
不良の西川?とか言ったか、奴らと琴吹の争いに口を挟んだからか、睨む表情は一層キツくなったのを感じる。
「おう涼磨、おはよう」
挨拶を交わしながら家へと向かう。その途中でも後ろから睨みつける視線を感じた。琴吹だということがよくわかる。
何分か歩くと、もうそこは祖母の家だった。先日電話で家を使う旨を伝えたが、来るのは結構久しぶりだ。新年明けて一度会って以来だろうか。
「うわ、思ったよりデカいな。なんか武士の家みたいだ」
その疑問は半分正解で、ウチは代々続く武士の家系なのだ。その系譜の中で、拳法が1つの流派として誕生し、それから今に至るのだ。
「お邪魔します」
元々住んでいたとはいえ、久しぶりとなると少し変な感じだ。靴を脱いで上がるところで廊下の奥から声がかかった。
「いらっしゃい。今日はゆっくりしていってね」
お祖母さんは優しそうな笑顔で春乃たちに話しかけた。
「あ、どうもこんにちは!坪倉春乃と言います!」
「阪田慎一です!」
「え、あ、琴吹、恵理です」
琴吹が口ごもりながら言うが、初対面の人は少し苦手なのだろうか。
「じゃあこっちに来て」
俺は挨拶が済んだところで、3人を部屋へと促した。
◇
勉強会が始まって1時間、いつも授業中に寝ている慎一はもうすでに集中力を欠き始めていた。
「おいおい慎一...まだ1時間だぞ。集中しろよ」
「そうは言ってもな〜。朝からいきなり数学がキツすぎませんかね?」
「文句言わない!ちゃんとやらないとこのままじゃ赤点だよ!」
言葉で尻を叩かれた慎一は背中をピンと張り、再びシャーペンを持った。こいつはMの体質なのかもしれない。
色々ありながらも、気づいたら時間は3時を回っていた。思いの外集中して勉強していたようだ。
「ちょっとおやつ持ってくるよ」
「わかったよ〜」
坪倉と慎一は今かなり良いところなようで、慎一も集中して勉強しているように見える。
「あ....じゃあ私もいく」
「お、おう。じゃあ行くか」
頷いて襖を開けて出るが、別にこなくても俺1人で行くのに、などという野暮なことは言わない。そんなことを言えば期限を損ねてしまうだろう。
「なぁ琴吹。勉強の進捗はどう?」
少し気まずい雰囲気が漂ったのを感じて、俺は話しかけた。
「えっ、あっ、そうね。まずまずというところかしら」
その答えを言ってすぐ、また不機嫌な様子を見せ始めた。
(やべっ。マズイこと言ったか?)
冷や汗を書きながら前を向こうとすると、琴吹に袖を引っ張られた。
「ねえ...その... 琴吹じゃなくて恵理で良いわ。そっちも呼びにくいだろうから...」
不機嫌そうになったと思ったら、急にしおらしくなるのだから、女子というものはよく分からない。
その言葉に、もうどうして良いか分からなくなる。春乃は小学生の頃から下の名前で呼んでるが、琴吹となれば話は別だ。呼びにくいことこの上ない。しかし、沈黙を保っているともっと不機嫌になると察して、勇気を出して呼ぶことにした。
「じゃ、じゃあ、恵理.......」
余韻が恥ずかしさを一層増すことになったが、恵理は御満悦という表情を浮かべた。
「私も涼磨って呼ぶわね!そういうことで!」
少し顔を赤くしながら顔を背けて言いながら、踵を返す。何をしにきたのか、きた廊下を引き返して行ってしまった。
(ほんと...女子ってよくわからないな)
そんな一生わからないであろう女子の感情というものに纏わり付かれながらも、俺は一人で息を吐いた。
(おいおい、悪目立ちどころかこの騒ぎの中心じゃないか...どうすればいいんだよこれ)
もう収集がつかないと察し、やれやれと体で表しながらも、どうしようもない。聖域のように人が立ち入らなかったリングの外に出ると、その騒ぎは一際大きくなったように見えた。
真っ先にクラスメイトのほぼ全員から殴られんばかりの勢いで駆け寄られた。
「お前すげえじゃんか!見直したぞ!」
(見直すもなにもこれまで眼中にさえなかっただろ...)
そんな愚痴もその喧騒に消えていく。揉まれるうちに反応しようという気持ちさえ何処かへ行ってしまった。
「それにしてもあの西田を倒すなんてお前格闘技でもやってたのか?」
(あいつ西田っていう名前だったのか。興味さえ湧かなかったな。それにしても格闘技って...)
拳法をやっていた、などという事はもちろん言わない。とりあえず返答に困ったので適当に誤魔化しておく。
優勝となればここまで喜ぶのも当然なのだろうか。正直たかが高校生の武道大会だろうと甘く考えていたが、そうではなかったようだ。よく考えてみると、前の高校でも、体育祭や球技大会でも優勝したクラス、組は宇宙まで飛んでいかんばかりに大声を上げて喜びを露わにしていたことを覚えている。
もうこうなると俺にはどうすることもできない。流れに身を任せ、その騒ぎの中心でじっと耐えることにした。
◇
第一学年最後の一大イベントが終わりを告げると、テストを意識し出す者が増えだした。中にはカラオケに行ったり、ショッピングに行ったりと現実逃避して遊びに耽っている者もいた。
「学年末考査とか...むりだーーーー助けてくれ涼磨!」
慎一は神に頼むごとく泣きながらそう言うが、あいにく人に教えるなどという才能は持ち合わせていない。
「あれ、阪田勉強苦手なの?」
横で座っていた春乃が心配そうな表情で問いかける。勉強が苦手でない限りクラスメイトに泣きついたりしないだろう。
「坪倉〜そうなんだよ...勉強だけは無理なんだ!」
まぁ見た目がスポーツやってそうだし、そうであってもおかしくはないだろう。というのはただの偏見だろうか?そもそもスポーツをやっているわけじゃないが。
「そうなんだ。じゃあ今週の日曜日に勉強会でもする?」
その提案は、慎一の表情をパッと明るくさせりゃ一言であった。
「ぜひお願いします!!!」
獲物に食いつくかのように声をあげるが、春乃はその様子に少々気圧されながら
「あはは...あ、涼磨ももちろんくるよね?」
(断定するなよ...もう断るのに勇気がいるじゃないか)
「あー。わかったよ...俺は別に勉強が苦手なわけじゃないんだけどな」
そう、俺は別に勉強ができないわけではない。前の高校はそれなりに頭が良かったし、そこでも普通に授業についていけていた。定期テストなんて決められた範囲の分野を勉強するだけで点が取れるのだから、苦労はほんの少しだと思っている。
「じゃあ決まりね!あとは恵理を呼べばいいかな?結局天文部のメンバーだね」
まぁ俺にとって普通に話せる相手もこの3人に限られているから問題はない。武道大会をきっかけに話されることは多少増えたとはいえ、それはまた別の話だ。
そして春乃はRINEを開いて琴吹とトークを始めた。
(勉強会...ねえ。)
中学の時は時々野球をやりながらも、ほかにやることがなかったため勉強をずっとしていた。そんな経緯もあり、勉強はできる方なのだ。
「恵理、おっけーだって!じゃあ日曜日に...涼磨の家はどう?大丈夫だったりするかな?」
(えっ...マジかよ。まさかうちに呼ぶなんて案が出てくるとは思わなかったぞ...)
「え、俺の家?うーん...」
俺は考えを走らせて、ウチに呼ぶことに問題がないか悩み出す。
(いや、呼ぶこと自体に問題はない。問題はないんだが....)
問題という問題があるわけではないが、どうしても躊躇してしまう。
(あ、そうだ。お祖母さんの家なら...)
祖母の家といっても、元々祖父が住んでいて、俺もそこで何年か住んでいた家だ。人を呼ぶのにも十分な広さがあるし、自分の部屋となると抵抗があっても祖母の家であれば問題ない。
「昔住んでたんだが、俺の祖母の家なら多分いけると思うけど」
「ごめんねなんか。ウチは今週お父さんが人を呼ぶって言ってて無理なんだ...」
春乃が申し訳なさそうに言う。春乃のお父さんは結構凄い人で、想像するに大事な客ということは分かる。そんな春乃に無理いうわけにもいかない。
「いや、全然平気だって。気にしなくていい」
「ごめんな涼磨、俺の頼みだからウチでも良かったんだが、ウチは弟がうるさいからな...」
家族がいて無理、なんていう話は仕方がない事情だから、俺の家しかないというわけだ。
「じゃあ日曜日、9:30に和田塚駅で良い?」
「おう、それで大丈夫だ。慎一、お前のためみたいなもんなんだから寝坊するなよ?」
日曜日だから体が起きるのを受け付けないなんていうのよくある話だ。
「分かってるさ。坪倉、よろしくな!」
かくして勉強会が開かれることになった。
◇
「おはよう」
俺が目をこすりながら集まった面々に声をかけると、1人あからさまに顔を背ける影があった。
(おいおい...そこまで俺が嫌いなのか?)
不良の西川?とか言ったか、奴らと琴吹の争いに口を挟んだからか、睨む表情は一層キツくなったのを感じる。
「おう涼磨、おはよう」
挨拶を交わしながら家へと向かう。その途中でも後ろから睨みつける視線を感じた。琴吹だということがよくわかる。
何分か歩くと、もうそこは祖母の家だった。先日電話で家を使う旨を伝えたが、来るのは結構久しぶりだ。新年明けて一度会って以来だろうか。
「うわ、思ったよりデカいな。なんか武士の家みたいだ」
その疑問は半分正解で、ウチは代々続く武士の家系なのだ。その系譜の中で、拳法が1つの流派として誕生し、それから今に至るのだ。
「お邪魔します」
元々住んでいたとはいえ、久しぶりとなると少し変な感じだ。靴を脱いで上がるところで廊下の奥から声がかかった。
「いらっしゃい。今日はゆっくりしていってね」
お祖母さんは優しそうな笑顔で春乃たちに話しかけた。
「あ、どうもこんにちは!坪倉春乃と言います!」
「阪田慎一です!」
「え、あ、琴吹、恵理です」
琴吹が口ごもりながら言うが、初対面の人は少し苦手なのだろうか。
「じゃあこっちに来て」
俺は挨拶が済んだところで、3人を部屋へと促した。
◇
勉強会が始まって1時間、いつも授業中に寝ている慎一はもうすでに集中力を欠き始めていた。
「おいおい慎一...まだ1時間だぞ。集中しろよ」
「そうは言ってもな〜。朝からいきなり数学がキツすぎませんかね?」
「文句言わない!ちゃんとやらないとこのままじゃ赤点だよ!」
言葉で尻を叩かれた慎一は背中をピンと張り、再びシャーペンを持った。こいつはMの体質なのかもしれない。
色々ありながらも、気づいたら時間は3時を回っていた。思いの外集中して勉強していたようだ。
「ちょっとおやつ持ってくるよ」
「わかったよ〜」
坪倉と慎一は今かなり良いところなようで、慎一も集中して勉強しているように見える。
「あ....じゃあ私もいく」
「お、おう。じゃあ行くか」
頷いて襖を開けて出るが、別にこなくても俺1人で行くのに、などという野暮なことは言わない。そんなことを言えば期限を損ねてしまうだろう。
「なぁ琴吹。勉強の進捗はどう?」
少し気まずい雰囲気が漂ったのを感じて、俺は話しかけた。
「えっ、あっ、そうね。まずまずというところかしら」
その答えを言ってすぐ、また不機嫌な様子を見せ始めた。
(やべっ。マズイこと言ったか?)
冷や汗を書きながら前を向こうとすると、琴吹に袖を引っ張られた。
「ねえ...その... 琴吹じゃなくて恵理で良いわ。そっちも呼びにくいだろうから...」
不機嫌そうになったと思ったら、急にしおらしくなるのだから、女子というものはよく分からない。
その言葉に、もうどうして良いか分からなくなる。春乃は小学生の頃から下の名前で呼んでるが、琴吹となれば話は別だ。呼びにくいことこの上ない。しかし、沈黙を保っているともっと不機嫌になると察して、勇気を出して呼ぶことにした。
「じゃ、じゃあ、恵理.......」
余韻が恥ずかしさを一層増すことになったが、恵理は御満悦という表情を浮かべた。
「私も涼磨って呼ぶわね!そういうことで!」
少し顔を赤くしながら顔を背けて言いながら、踵を返す。何をしにきたのか、きた廊下を引き返して行ってしまった。
(ほんと...女子ってよくわからないな)
そんな一生わからないであろう女子の感情というものに纏わり付かれながらも、俺は一人で息を吐いた。