見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
春休み
「やっと終わった〜〜〜!俺は自由だー!!!」

最後の試験である世界史の試験が終わると、慎一がそれはもう満足感と達成感が織り混ざったとても幸せそうな表情で机に身を任せていた。結果次第でこれが絶望に変わる可能性もあるという事実はあえて言わないでおこう。

期末試験が終わると、クラスの中に限らず、ほとんどの生徒が檻から解放されたかの表情を見せていた。

「なぁ、カラオケ行こうぜ!」
「俺部活だわ...」

クラスの中からはテストを終えて遊びに行く者もいれば、運動部で今日から練習があるため午後から部活という者というように二分していた。

「あ、涼磨、阪田、春休みってなんか予定ある?」

「ん?いや、特にないけど」

俺も同じで、もちろん予定などない。やることがないからな。

「まぁないけど、どうして?」

「春休みに恵理と遊園地に行くっていう話になっててね、どうせなら天文部で行こうってなったんだ。どうかな?」

「遊園地か〜良いんじゃね?4人で行った方が楽しいだろうし」

遊園地なんて小学校の低学年に行って以来だ。名前自体ほとんど聞くことがもなかった。某ネズミの遊園地は春休みということもあるから、できれば避けたいところである。

「ここから近い遊園地って言ったら横浜アクアランドか?」

横浜アクアランドは、横浜市の南端の人工島に位置する、大きなテーマパークだ。中には遊園地だけではなく、水族館なんかもあったりした。確か幼い頃に父さんと母さんに連れて行ってもらった記憶がある。

「そう!東京はもちろんのこと、富士山ハイランドとかも春休みだと人が多すぎるからね...」

横浜アクアランドであれば激混みなんてことはないだろうし、ある程度予想がつく。

「決まりね!3月26日、朝8時半に鎌倉駅でいいかな?RINEで詳細は送るつもりだけど、とりあえずはそのつもりでいて!」

「りょーかい!」

俺は頷いて言葉を受け入れる。朝は苦手だが、早い方が絶対に後々よく働くことはこれまでの人生経験でわかったことだ。何事も早いに越したことはない。早くやって怒られるのは日本の初等教育くらいだろう。

「じゃあそういうことでよろしくね!私今日用事があるから先に帰るね!」

「おう、じゃあな」

軽く手を振って後ろ姿を見送りつつ、俺も席から腰をあげる。

「俺もテストで疲れたし今日は帰るわ。慎一は?」

「あー俺ちょっと先生に呼ばれててな。先に帰ってていいぞ」

試験のことだろうか?それにしては流石に早すぎるし、結構勉強していたのだから失礼な偏見か。その言葉に若干の引っかかりを覚えながらも、軽く流すことにした。

「そうか、じゃあな」

「おう、また明日」

退屈な日々が続くと思っていた春休みは、こうして思わぬ形で彩りが宿ったのであった。















横浜アクアランドは鎌倉から一駅先の逗子駅から私鉄に乗り換えて20分ほどの金沢駅から、モノレールに乗り換えて3駅の場所に位置している。文としてみると少々複雑のように見えるが、合計で1時間かからない。しかも、駅からすぐの人工島なので、かなり良い立地なのだ。

「おお...かなり涼しいな」

駅に降り立つと、海から入ってくる風に受け入れられた。季節外れの暑さで今にも汗が噴き出しそうだった道中に比べて、今は幾分マシな気候だ。スマホの天気予報アプリを見ると、今の気温は26℃と出ていた。

「でも今の気温26度だってよ。海風がある分感じないけど」

「ゲッ...マジかよ。それ絶対春じゃないって。どうせあれやろ、温暖化や。地球温暖化」

なんでも地球温暖化のせいにするのはどうかと思うが、つい先日肌寒ささえ感じていた中この暑さだと、流石に参ってしまう。

「でもまぁ夏よりはマシだろ。夏なんか35℃は超える日が普通にあるだろうしな」

「そういう問題じゃないんだよな...まぁいいや、風ある分過ごしやすいわ」


入り口でチケットを購入し、ゲートをくぐると、遊園地の姿と、その周りには海があった。


「涼磨、最初はあそこ行こう!」

「え...いきなり落ちる系かよ!」

初めから攻めるチョイスをしてくるな。春乃が指した先にはフリーフォール型のアトラクションがあった。

「まぁまぁ、景色を眺めると思って!」

(そういう軽い気持ちでいくものか?!あれは)

景色を眺めるのではなく落ちるのが目的だろうに。某ネズミの遊園地のマンション系アトラクションの方が落ちている様子が見えないだけマシだ。周りが海を一望できるとはいえ、何も目の前に障害がないと足がすくんでしまう。だからといって、弱みを見せるわけにもいかず、結局ついていくことにした。









「うう...気持ち悪い...」

春乃による高速落下系アトラクションに最初にギブアップの声をあげたのは、意外にも恵理だった。

「ごめんね.....弱いの知らなかったから思わずこういうのばっかり行っちゃって...」

「いや、春乃のせいじゃないよ。ジェットコースターなんて初めて乗ったから、まさかここまでとは思ってなかったの...」

気持ち悪そうに春乃に言うが、俺が乗る前に緊張しているような表情をしていた恵理に、本当に大丈夫か?と聞いてしまったのがいけなかった。恵理が強がってしまうのはよくよく知っていたはずなのに、悪いことをしてしまった。


「恵理、大丈夫か?」

どこからどう見ても大丈夫ではない様子の恵理に問いかけるが、答えは予想通りの言葉だった。

「全然大丈夫じゃないわよ...」

俺はバツの悪そうな顔であらぬ方向に背けながら、それ以上何か言う気にもならず、口籠った。

その瞬間、背中に目線が集まっているのを感じた。後ろを振り向くと、案の定二人は俺の方をジッと見つめており、俺は少し困惑してしまった。

「え、どうしたんだ?二人とも」

「お、おい...お前この前まで琴吹のことを上の名前で呼んでただろ。いつの間にそんな関係に...」

驚く慎一の横では、どういうこと?と言うように俺を睨む春乃がいた。

「え、あ、そんなことか?別にいいだろ、同じ部活の者同士いつまでもよそよそしいのもアレだし」

そう言う俺の内心は穏やかではない。慣れていない異性を下の名前で呼ぶという行為は、呼ぶたびに精神がすり減るのだ。嫌ではないのだが、やはり躊躇が心に残っているのだ。

「だからってなぁ...」

「ま、まぁそういうことだ!それ以上でもそれ以下でもないって!あ、そうだ。気分転換にでも水族館の方に行って見ないか?」

苦し紛れというようなその提案は、今の状況にとって最適と言えるものだっただろう。体調があまり良くない恵理にとって、水族館で休み休み魚を眺めるというのは良い気分転換にもなるだろう。

このテーマパークは遊園地と水族館が両方ある一度で二度楽しめる施設なのだ。小・中学生に嬉しいことだろう。それだからなのかわからないが、今日は小中学生が多く見受けられる。高校生の姿はポツポツとあるくらいだ。
勉強会です!!!恵理がデレます。


「.....まぁいいや。そうしようぜ」

慎一も恵理の体調を気にしてそれ以上の詮索はやめたのか、あっさりと承諾をした。

依然俺のことを鋭い目線で見つめる春乃を見ないようにして、後で何か声をかけなくてはと思いながらも、俺は水族館の方へと足を向けた。


< 28 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop