見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
望遠鏡を覗き込んだその刹那。急激な寒気が俺を襲う。

体が動かない。金縛りのように足が固まってしまっている。今までに感じたことの無いような異常な感覚だ。

(なんだこれは....春乃は?みんなは?)

周りを見渡すが、何もない。手元にあったはずの望遠鏡すらも目に移っていなかった。それどころか、周りは完全な暗闇で、自分の存在さえも不可解だった。

「ここは...どこだ?」

そんな問答も虚空に消え去る。

自分がいるのはどこなのだろうか。

さっきまで確かにみんなが周りにいたはずだ。なぜ俺はこんなところにいるのだろう。

自分が立っているのか座っているのか、はたまた浮いているのか。そんなことすらわからない奇妙な感覚に襲われていた。

望遠鏡に星々が映った瞬間に周りがフッと暗くなり、急に寒気が俺を襲ったのだ。

夜の暗さなんていつも見ていたはずなのに、今なぜここまで震えているのだろう。

(今までは星を見上げるくらい全然問題なかったのに、それを望遠鏡を介して見ただけでなんでこんな寒気が襲うんだ!)


そして何も映らない目に、意味のない言葉を掛ける。


自分はまた1人になってしまったのか?


自分はなぜここにいて、なぜ1人なのだろうか。

この感覚、前にも味わったことがある。いつだろう。ああ、そうだ。春乃がいなくなった日の晩だ。

あの日も自分の部屋で1人になったら、途端に体が動かなくなり、周りが真っ暗になったのだ。なぜだろうか。もう奇妙なこの感覚に慣れきって、自らが同化してしまっているのではないか?このまま自分という存在まで消えてしまいそうで。

しかし次の瞬間、周りがふと開けた。

ああ、さっきまで見ていた光景だ。だけど何かが違う。ああ、何か分からないけど暖かい。

体が自由になったのを確かめるように自分の体を見回す。すると手には知らない手があった。いや、何度も見たはずなのかもしれない。顔を見るとそこには春乃がいた。


そうだ。


孤独になったのはあの日からだ。


そこから何も変わっていないんだ。


目の前にいる存在は、いつもいなくなってしまう。


この関係がいかに軽薄で、壊れやすいものであることは分かっていたのに。


それなのに。


それなのに。


俺はまた”あいつ“と出会ってしまった。


星と、星空と、出会ってしまった。


この孤独は永遠に続くのだろうか。


それとも...ここからまた、始めることができるのだろうか。


かけがえのない仲間。かけがえのない存在。


それをまた、手に入れることができるのだろうか。


永遠に続く、大切で、絶対に離してはいけない、そんなものを手に入れることができるのだろうか。


絶対に無くならない絆を手に入れられるのだろうか。


いや、俺はそれを持っていたのに、自ら手放してしまったんだ。



俺はどこか心の中で春乃を恨んでいたんだ。


あれほど大切に感じていた存在であったのに、何も言わずにいなくなってしまった。


それでも。


それでも。


春乃はかけがえのない存在だったんだ。俺の前からいなくなっても、本当は彼女の姿はずっと脳裏に焼き付いていたし、それは春乃も同じだった。


ようやくわかったんだ。いつまで俺は過去のことに囚われていたのだろう。

もうそれは終わったことなんだ。俺たちは全く新しい一歩を踏み出したんだ。



いくら離れようと...絆は切れないんだ。




だからもう一度、もう一度始めよう。



やっと再び掴むことができたんだ。もう2度と離さない。だから始めるんだ。俺は君との物語をリメイクするんだ!


俺は妙な清々しさを纏い、目を閉じた。













その時は突然訪れた。

パッと目を開けると、見慣れぬ天井だった。

暗かった世界が急に開けた。目の前の暗い世界は何処へいったのか、目の前にはしっかりとした現実がそこにあった。

体を起こすとそこはホテルの医務室で、真横には春乃が座っていた。

「おはよう、涼磨」

その顔を見るとなぜか暖かくて、なぜか切なくて。

俺は何を思ったのか、春乃を抱きしめてしまった。自分でもなぜ体がそんな風に動いたのか。理性が機能していないのか。俺の頭は起きたばかりなのに混乱に襲われる。

望遠鏡を除いた途端、大きな孤独感を感じたから?

それもあるかもしれない。

「ごめん。俺さ、ずっとお前のことを記憶から消そうとしてた。友達なのになんで何も言わず俺の前からいなくなったのかって」

気づいたら、口からそんな言葉が溢れていた。

その言葉の趣旨をうまく掴めないのか、春乃は軽く首をかしげる。

「どうしたの?急に」

「俺はさ、お前の“友達なんだから隠し事はしない”って言う言葉を春乃が破ったことに怒ってたんだ。でもごめん。俺が間違ってた」

俺は何を言っているかわからない、というような春乃を目の前にしながらも、口を開かずにはいられず、次々に出てくる言葉を紡いだ。

「え....そのことは私が全面的に悪いんだって!あんなこと言った後に、親の転勤が決まって何も言えずにお別れになったんだからさ」


「そうだ。言う機会がなくてそのままお別れになって、俺が勝手に勘違いして...」

そう口に出すと、目から大粒の涙がポタポタと滴りだした。

「離れててもこの絆が消えて無くなることはないのに...」

ああ、俺は幼稚だったんだ。高校生にもなってそんな勘違いにも気付かず、引きずっていたなんて。

「元々俺がクラスで嫌がらせを受けていることを心配してくれたそのことを無碍にして嘘ついて...全部俺のせいじゃないか...」

「涼磨、自分をそんなに責めないで。私もあんな別れかたでとても悲しかったんだ。でもこうやって涼磨が打ち明けてくれて、本当に嬉しいんだ」

「だからさ、ありがとう。これまでも、これからも。本当に、ありがとう!」

その言葉だけで俺がどれだけ救われたか。

情けなく女の子の前で泣く俺は、春乃からどう見えているのだろう。そう考えると羞恥心をも感じてしまう。

そしてその泣き顔を上げると。

春乃も同じように泣き、そして、笑っていた。その天気雨のような表情が、とてつもなく美しく感じた。

「これまではさ...正直私も心の引っ掛かりがあったんだと思う。涼磨がわたしから距離を取っているのも薄々気づいていたと思うんだ。でも気づこうとしなかった。いや、気づきたくなかったんだ。でも、あなたの本心が聞けてよかった!小学生の頃だって、涼磨は私に本心は開いていなかったでしょう?涼磨自身は気づいていなかったかもしれないけど、女の子っていうのは敏感だから、そういうのに結構傷つくんだよ?」


「ごめん....」

「また謝った!だから、謝る必要はないんだよ?この件はもう終わり!これ以上言ったら怒るからね!」

「ごめ....あ、いや。わかったよ」

「それでいいの!」

俺と春乃はしばらく見つめあっていると、急に照れくさくなって目を背けてしまった。

そして俺は軽く息を吐きながら、その横顔を見つめるのだった。
< 36 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop