見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
8月最後の日、俺たちは夏休み最大かつ最後のイベントである、夏祭りに行くことになった。

鎌倉という観光地であるということもあり、駅前は人で溢れていた。

「あ、涼磨。こっちこっち!」

夕方のまだ明るい頃に集合することになっていたが、春乃たちは先に着いていたようだ。

声の方へと早足で向かうと、女子陣は皆浴衣を着ていた。

「待ったか?」

「いや、私たちも今来たところだから大丈夫だよ!というよりも、まだ集合時間にはまだ10分あるし」

駅前にある時計を見ると、時間は17時の10分前を指していた。

この会話だけ聞くとデートみたいだが、あいにく今日は天文部全員で着たのだから、そんな類には全く関係ない話だ。

「それにしても、浴衣を着てくるとは思ってなかったぞ。みんなすごく似合ってる」

会った時は顔を見ていたが、いざ全身を見てみるといつもとは180°違った服装で来ており、浴衣というものが(かも)出す雰囲気に思わず魅了された。

気づいたら“似合ってる”という言葉が口から出ていたが、言ってから正直羞恥心が襲ってきた。

そんな言葉を受けた春乃たちも、なぜか顔を赤らめているのがそれを一層増すことになった。

「じゃ、じゃあ行こうか」

このままでは気まずくなると察し、俺は無理矢理に祭りの会場へと促した。












夏祭りは様々な夜店が軒を連ねる夏最大のイベントだ。夏特有の独特な雰囲気を感じ取ることができるうえ、こうして友人同士で夏の思い出を作ることもできる。だからこそ、人混みにはやはり中高生が大部分を占めていた。中には小さな子供を連れて肩車をするお父さんや、酒を片手に談笑する中年などもいた。

「それにしてもすごい人混みだね...」

夏も終わりといえどまだまだ30℃を軽々と超えるような日々が続く今日この頃、この人混みも相まって女子陣は早くも体力を奪われて疲れを見せていた。

「毎年の恒例イベントだし、市中の人間がこれに集まってるからな」

「これもう押し競饅頭(おしくらまんじゅう)じゃねえか。どんな拷問だよ」

俺たちは大丈夫でも、女子陣は辛いだろうからどこかに回避したいところだ。

「あ、じゃあちょっとあそこで休憩するか」

祭りの通りを半分程歩いた所所で、俺は少し空いていた場所を見つけ指を指した。

「そうだね、予想していたとは言え流石にこの人混みはキツいものがあるね...」

グロッキー、とまでは行かないものの、疲れを顔に表していた女子陣を見て、俺たち男子陣は一斉に顔を合わせ、頷いた。

「みんなここで休んでいてくれ。俺たちはちょっと食べ物買ってくるよ」

俺たちは、(きびす)を返すと再びその戦場に身を投じるのであった。












「はい、どうぞ」


俺たちは夜店で購入した食べ物を女子が待つ場所へ持っていった。

女子陣は財布を出す仕草をするが、俺たち3人はその行動を手で制した。

「いいよ、今日は俺たちの奢りだから」

「え、悪いよ!せめて半分は払わせて」

「ほんと気にすんなって。夏休み引きこもってたからお小遣い余ってるんだ」

慎一の見事な一言で、女子陣は渋々それに応じた。慎一は引きこもってたのに宿題にほとんど手をつけていないのはなぜだろうか。
さっき夏休みの宿題の進捗状況を慎一に聞いたが、その答えは芳しいものではなく、ただただ目を逸らすだけであった。

雑談を交わしながら食事に耽っていると、スマホの時間はいつの間に19時を過ぎた表示をしていた。

「そろそろ行こうか」

まだ祭りの見ていない場所は半分近く残していたので、俺は先に進もうと提案した。

「そうだね、先に行けばもう少し人が少ないかもしれないし、とりあえず歩こう!」

春乃が同意すると、他のメンバーも首肯して祭りへと戻っていく。

「でもさっきに比べればだいぶマシかもな」

慎一が見た通り、確実に人は減っている。さっきまでぎゅうぎゅう詰めだった道が、ときたまぶつかりながらもしっかりと足を踏みしめて歩けるまでになっていた。言うなればピークを過ぎた満員電車だ。

とはいえ坂の下を見ると、まだまだ大勢の人が歩いている様子が目に映る。おそらく出口に向かう人が多く逆に混み合っていると見るべきか。

そうしてゆっくりと足を進めていると、上から人が沢山降りてきたのが見えた。

「あ、そういえば19時過ぎまで上でなにか催し物があって、それが終わったから一斉に降りてきたのかも」

「え、それは初めて聞いたぞ...」

そんな声も虚しく、抵抗する術があるはずもない俺たちは、再び人の波に押し込まれていった。













「あれ、みんなは?」

ようやく人の波から出ることができたと思っていたら、周りに俺と春乃以外誰も見当たらなくなっていた。

こう人が多いと合流するのも難しい。そう考えた俺は、RINEのグループに待ち合わせをしようとアプリを開こうとしたが、なぜか春乃に遮られてしまった。

「いいよ、あとで会えると思うし、2人で神社にお参りしようよ」

(まぁ、それもそれでいいか)

断る理由もなく、俺は春乃と一緒に神社で参拝することにした。

石段を登り、神社に辿り着くともうすでに人はまばらになっていた。

「あ、今なら大丈夫そうだね!お賽銭入れに行こうよ!」

手首を引っ張られて木箱の側に歩いていく。俺はポケットの5円玉をその中に投げ込み、ニ礼二拍手一礼をしながら祈った。

列から外れた後、俺は春乃に聞いた。

「何をお願いしたんだ?」

「知りたい?」

春乃は悪戯をしたような子供のような笑顔で俺に問いかけてきた。

「....え」

俺はそんな春乃の仕草に気を取られ、呆気に取られてしまう。それに、その顔はズルい。なんでそんな顔を俺に見せるのだろうか。

「それはね.....天文部が永遠に続きますようにって願ったんだ」

春乃らしい、と思った。

「そっか」

しかし、そう素っ気ない態度で答えた後、春乃の表情が少し変わったのがわかった。


「今のは嘘。本当はね.....涼磨と私がずっと一緒に居られますように、ってお願いしたんだ」

「え....」

俺は思わず固まってしまった。そんな願い事を春乃がするなんて全く想像してもいなかった。

「もう....もうこれ以上は言わなくても、分かるよね?」

ああ、分かる。これは殆ど告白のようなものだということは。ずっと一緒にいたい。その思いは俺も一緒だった。なによりも、恵理が俺に思いを伝えてくれたから。それがあって、俺はようやく気づくことができたんだ。

「俺も....」

「うん.....」

「俺も、同じことを願ったんだ。春乃と一緒にいたいって」

「え.....」

春乃がその言葉を聞いた瞬間、鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まる。

「もうこれ以上言わなくても...分かるよな?」

俺は先程春乃がしたような“ズルい”表情を、同じように春乃へと向けた。

いま、この時。北極星が綺麗に光る真夏の夜の星空に、新たな光をそこに宿したのだった。
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