見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
春乃と俺は、その夜から時々一緒に遊ぶようになった。あの後祖父にこっぴどく叱られたが、不思議といつものような心の重い状態は襲ってこなかった。むしろ新たなスタートを切ったというような晴れやかな気持ちで胸は支配されていた。

それは学校生活に新たな刺激を与えることともなった。

「ねぇ涼磨、これ見てみてくれない?」

小学校の中休みの時間。春乃は毎時間のように俺の席を訪ねるようになった。他にやることがなかったと言うべきかもしれないが。

そう俺に手渡したのは、新しく、ピカピカな星座早見盤であった。俺は確かに星に魅力を感じ、一緒に見ることに楽しさを感じていたが、肝心の“星というものの種類”は当然知識として持ち合わせていることなどなかったし、そもそも覚えられるとは思っていなかった。

「これは?」

「星座早見盤!聞いたことあるでしょう?これを照らし合わせると場所がわかるの、すごくない?」

手にあるそれはアナログで、手に持っているだけではイマイチわかるものではなかったし、日差しが照らされる教室の明るさも相まって想像ができなかった。

「星なんて無数にあるのに本当にこんなのでわかるの?」

「わかるのよ、これには東西南北の方角が全て印字されてるの。コンパスさえあればどこがどの方向なんてすぐにわかるわ」

「へえ...なるほどね。これで星座の名前もわかるっていうのか」

「そう!これで天体観測も捗ると思うの!」

俺にそう告げる彼女の顔は幸せをそのまま鏡に写したような澄んだものだった。



俺はそれをモデルに一緒に手作りの星座早見盤を作った。時間はかかったが、二人で協力して作業する楽しさは身に染みて感じていたたため、そんな時間が幸せなものともなっていた。



そんなある日のことだった。いつものように放課後の拳法の練習を受けるため自宅へと向かう途中。春乃と別れてから5分ほど歩いた場所。

「おい、越知。ちょっと顔貸せよ」

無理矢理低くしたような声がかかる。振り返るとそこにはクラスメイトである松原太一とその取り巻き5人がいた。言わずもがな、取り巻きと呼べるくらいの奴なのだから、クラスの中でマウントを取る位置にいた。ランドセルを背負っているからか、余計に悪ガキっぽさを醸し出している。

ケンカ腰のそんな態度、そして明確な敵意を肌で感じる。

(少しくらい隠したらどうなんだ、束になれば態度がデカくても全く危なくないって言いたいのか)

塵が積もって大きな敵意と化したようなそんなものにわざわざ怖気付くこともない。ただの数の暴力を実行しようとしているだけだ。

呆れた態度は表情に出さないように、そのまま、俺は目の前のクラスメイトにいつものように反応を返した。

「うん、俺?何か用?」

「そうだお前のことだ。顔を貸せと言ってるんだ。ここではなんだからちょっとそこの公園まで来い」

(はぁ... 面倒だな)

少しの間睨み付けられたのを見て、悟る。

(これは逃げられないな。どうせ明日学校で会う奴らなんだし巻いたところで意味がないか)

そうして俺は潔く付いていくことにした。



公園にの真ん中。放課後3時に誰もいないことに違和感を覚えながらも、率直に要件を聞く。

「それで、話っていうのは?」

「とぼけるな。お前最近坪倉さんと仲がいいみたいじゃないか。お前みたいなやつがなんで坪倉さんと話せてるんだ」

「それは友達だからさ」

お前みたいなやつ、という言葉に若干のイラつきを覚えながらも、こんな奴のいうことにいちいち反応しても仕方がないとあくまでそのままの表情を貫く。

「ただの友達?ふざけるな。坪倉さんがあんなに楽しそうに話しているのにそんなはずないだろ!!!」

声を荒げてそう言う。

(ああ、そうか。こいつは春乃のことが好きなんだな。小学生特有の嫉妬だ。好きな子が違う奴と仲良くしているとそれを集団で潰そうとする。アニメとかマンガでよくある展開だ)

そうだ。松原太一という男はただ単純に春乃のことが好きで、そいつと仲良くしている俺が気に食わない、と。

「ああ、くだらないな... 坪倉さんと話したいのなら自分から話に行けばいい話だろうに。確かに坪倉さんは俺にとって大切な友達さ。仲良くしているのはそれだけの理由だ。付き合いにそれ以上もそれ以下の理由も必要ないだろう?」

「なんだと?!?!?!」

(まずい、口に出してしまった!あれほど言っていいことと悪いことをしっかり見極めろと言われていたのに)

それにしても理性的じゃない。本能から反論している感じだ。

「お前ら、やるぞ」

そう言った松原の目は血走っていた。このままだと暴走しかねない。

(1人に6人で襲いかかるとか、正気かよ)

しかしその攻めは単純で、そして弱い。武道の心得がある俺にとってこんなもの屁でもなかった。

「お前ら、こんなことやっても何もならないぞ」

「うるせえ!早く食らいやがれ!」

(食らうわけないだろ...)

俺は一人一人怪我が負うことのないように気絶させていった。最後の一人、松原はようやく自分の置かれている状況に気づく。

「なっ、なんでこんな奴に俺が!!」

地団駄を踏んで喚く。

「それはお前の動機が自らを強くするものじゃないからだよ、松原。本当に坪倉と仲良くなりたいなら、自分から行動してみろ!」

「うるせえ!覚えてろよ!」

悪役のテンプレの台詞を言い残し、取り巻きを見捨てて走り去っていった。



その日はそれでよかった。しかし、先生の支配下という状況での松原たちの執拗な悪戯が始まる。

「涼磨。何をされたとしても自分から手を出してはならぬぞ。喧嘩というものは手を出した方の負けなのだ。肝に命じておけ」

ある日道場で言われた言葉。この言葉を俺は自分で納得し、守っていた。だからこそ、クラス内で完全に孤立した俺は反発でこれ以上和を乱すわけにはいかなかったのだ。

しかしそんな悪戯ものらりくらりと交わしていく内にそういったことは減っていった。そしてそんな状況下にあっても俺は全く辛くなかった。春乃がいたからだ。

しかし、そんなある日。いつものように一緒に星を見ている時春乃が突然口を開いて言ったのだ。

「ねえ涼磨。クラスの中で虐められているって本当?」

そんな言葉が出てくるとは予想だにしていなかった俺は一瞬の間固まってしまう。

「そ、そんなことないって。ただちょっとある男子と軋轢があって喧嘩してるだけだよ」

「嘘」

俺はその一文字にギクッと反応する。身体ごとだ。

「な、なんでそう思うの...」

「私見たの。松原君たちが涼磨の教科書を隠しているところを」

「なっ...」

「涼磨、なんで相談してくれないの?!私たちって友達だよね?隠し事なんてしちゃダメだよね?そういうのは絶対に嫌だよ!」

聞いたこともないような大きな声でそう言った後、続けて言う。


「私、涼磨に頼って欲しかった。だからさ、全部話してよ」

「お、俺は、俺は!春乃に心配をかけたくなかっただけなんだ!隠してたつもりなんてない!」

そんな言葉に対して心の整理がつかず、小学生のつまらない意地を張ってしまった。

「もう知らない!今日はこれで失礼させてもらうから!じゃあね!」

こうなったらもう止まらなかった。意固地になって春乃の表情を見ることもなく荷物を持って駆け出してしまう。そしてその足は止まることはなかった。



春乃と俺は、それから全く話さなくなった。そして話さなくなって1ヶ月経ち、その時は突然訪れた。毎週月曜日に行われる学年集会でのことだった。

「えー。残念ですが、ここにいる坪倉春乃さんは、家族の都合でイギリスに引っ越すことになりました。淋しいですが、皆さんに伝えておきます」

教頭のそんな言葉を聞いた途端頭が真っ白になり、無我夢中で教室を飛び出した。


(そんな!隠し事はダメだと言ったのは春乃、君じゃないか!俺たちは友達だったんじゃないのか?)

しかしそんな想いはもう届かない。教頭のとなりにいた春乃の顔を見る、いや、見れるわけもなく去ってしまったのだから。俺の心と春乃には大きな谷間が出来てしまった。そう感じてしまった。いや、そう感じる他なかった。

無我夢中で教室を出てからのことはあまり覚えていない。ただ、この先春乃と涼磨が会うことはなかった。
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