見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
転校
ついに登校初日がやってきた。小学校とは別の道を通って行くため、少し迷いかけてしまったのは内緒の話だ。これが入学式という名の登校初日であれば皆初対面で気負いはそこまで感じないのだろうが、いかんせん“転校”だ。もう既にグループが出来上がっており、そんな中余所者である人間がノコノコと入って行くのだ。クラスの人間から見ればこれは緊張する瞬間ではなく、ただの余興だ。どんなやつなのか、どこから来たのかといったことを見てその価値を吟味する。趣味とかそういったものに興味を持つとしたらよっぽど印象が良かったらそう聞かれることもあるだろうが、あいにくそんなビジョンはカケラも浮かばない。十中八九、緊張で舌が回らず失敗して変な空気になるのがオチだろう。
家から出た途端にそんなことを感じてしまうのだからよっぽどかもしれない。これから学校へ行くというのに、アウェー感が否めないが、時はそんなことを知りもせず無慈悲に過ぎ去って行く。スマホの時間がいつもより早いことに不信感を覚えながら、重々とその足を進める。こうなったのも入学した時に失敗をしたからだろうか、余計にその思い出が蘇ってくる。
みんな同じ状況で初対面同士であっても失敗し自分がどうやれば孤立せずに済むのだろうか、そんなことを考えてしまう。
(まぁそんなこと考えてもラチがあかないな... さっさと学校に行こう)
そう思いながらもトボトボと歩いていると、交差点が見えてきた。信号待ちをしようと立ち止まると駅の方から沢山の学生が歩いてきていた。この道からくる人も一定数いるが、周辺駅から通う人も少なくない。鎌倉駅から20分以上かけて歩いてくる人だっているし、和田塚駅から歩く人もいる。人それぞれだ。
(それにしても、こう人が多いと気が重くなるな)
自分だけが異質な存在なのではないかと錯覚してしまう。同じ制服を着ているのになぜなんだ。
そうこうしているうちに目の前の信号が青になり、横断歩道を歩く。横から交差点を渡ってくる同じ学生を横目にほんの少しだけ苦い顔をしながらも、前を向いて歩いていると突然後ろから小さな衝撃を感じた。
「おはよう、涼磨!」
その声は紛れもなく先日あった少女のものだった。
「あー春乃か〜おはよう」
その衝撃に咳き込みかけながらも、その声の正体を知っていた俺はあくまで冷静に応える。
「なにその投げやりな感じ、幼馴染相手に酷いよーぷんぷん!」
(幼馴染....ねえ)
そんな些細な言葉をこそばゆく感じながらも、その頰を膨らませる姿に思わず笑みがこぼれる。
「あ、やっと笑った!表情があんまり変わらないなぁ〜なんて心配してたんだよ」
余計なお世話だ、と思いながらも先程までの重い心と足取りはどこ吹く風で、いつのまにか少し心がほぐれていた。
高校への緩やかな登り坂を上りながらそんな会話をしていると、人の目をいくつも感じたので周囲に目を向けてみると、多くの同じ制服を纏った学生がこちらを見ていた。
「誰だあいつ、坪倉さんのなんなんだ?」
「あんなに楽しそうに話しやがって、なんだあいつは」
嫉妬、と言えば良いのだろうか。その多くは男子生徒で、僻みや妬みとも取れる言葉、目線が多く取れた。そこで気づく。
(ああ、そっか。春乃は以前とは比べ物にならないくらい可愛くなったし、男子生徒の憧れの的なんだな)
幼馴染...として一緒にいる自分にとってここはそこまで居心地のいい場所ではない。確かに春乃は多くの目を惹く学校のマドンナなのかもしれない。俺がとてもそんな風に見えることがないのは幼馴染補正というものなのだろうか。
「あっ、校門だ、涼磨は職員室に行かないといけないんだよね?丁度私用事あるから案内するよ!」
突然横を向いたと思うと元気のある声でそう言う。
「あ、うん。そうだよ」
(この視線、正直キツいものがあるな... まあ職員室の場所分からないしついて行くしかないよな)
そうして春乃と涼磨は校舎へ入っていった
◆
昇降口に入ると、何列もの下駄箱が列を成していた。何個か入り口があった中、1番右側が1年生の下駄箱だった。俺は新しく来た生徒のため当然下駄箱の番号など知らされていないし、そもそも教室の場所だって知らない。
前にいる春乃に続くように履いてきた革靴を脱ぐが、それをどこにしまうか迷っているうちに春乃が振り向いた。
「あ、そっか。下駄箱がないんだよね。じゃあ私のに入れていいよ。122番ね」
「お、おう。ありがとう」
それ以外にどうするかと言っても道はないので、とりあえずありがたく春乃の下駄箱に入れさせてもらう。
(122番、122番...)
俺はさっき春乃が履き替えた場所でさえ忘れていた。とはいえたった縦6つの下駄箱の番号にそこまで迷うことはなく、無事お目当ての番号に靴を入れる。
そうこうしているうちに春乃は上履きを履き終えてしまっていた。俺は急いで持って来ていた上履きをカバンから出し、足元に投げて足を入れるが、そこで自分の靴が春乃のものとは異なり、色もタイプも違うことに気づいた。春乃の上履きは小学生の時に使っていたものと全く同じ白い上履きだったが、俺の上履きは名古屋の高校で履いていた運動靴といってもいいような比較的しっかりとしたものだった。その上一年生の色である緑色がやけに俺の目に明るく光った。
(うわ、みんな同じ格好、同じ上履きだとこれだけでも目立ちそうだな)
先程まで友達を作ってぼっち回避!みたいな思考をしていたくせに、いざその身になってみるとそんなことに敏感になりやけに気になってしまう。
(はぁ...情けないな俺)
溜め息をつきながらそんなことを思う。
「涼磨、こっち」
深く溜め息をつくと共に上履きを履き替え終わり、それと同時に春乃が俺に声をかけて、軽く目的の方向を指差す。
「りょーかい」
そんな軽い返事をし、俺はその背中へとついていった。
廊下をしばらく歩くと右手にそれらしきものが見えた。目線を上げるとそこにはしっかりと“職員室“という室名札があった。
春乃がコンコン、と拳で軽く鳴らし、ドアを開ける。
「失礼します。松代先生はいらっしゃいますか?」
その問いかけは小学校の時の形式となんら変わりのないものだった。
(前の高校では職員室は常時ドアが開放されてたのにな)
この高校ではドアは閉まっていて、いちいち先生がいるか確認しなければならないのだ。
「ああ、あっちにいるぞ」
脇に座っていた先生がそれに答える。指差した先には春乃のお目当ての先生(?)がいた。
「ほら涼磨、担任の先生だよ」
予想はついていたが、まあ十中八九担任だと分かっていた。そもそも担任以外に用事はないし。
その先生は話し声が耳に入ったようで、こちらに気づくと、ああ、と言った感じで近づいてくる。50代後半くらいの男性だろうか。
「またお前か、何度言っても部活の新設はできないぞ。最低でも4人いないとできないって何度も言っているだろう」
「そのことなんですけど、ここにいる越知涼磨くんが入ってくれるそうなので、4人集まりましたよ。これでいいですよね?」
(はっ?何を言ってるんだこいつは。部活?俺の許可もなしに勝手に決めるなよ....)
「お、おい」
ーーちょっと話に乗って。
いつになく真剣な眼差しで俺を見据えてくる。その様子にとりあえずは乗ることにした。
「はぁ... 越知か。確か今日から転校してくるって言ってたな。坪倉、お前知り合いなのか?」
「小学校からの幼馴染なんです。昔よく遊んでいました」
「そうか。どうせダメだと言ってもまた来るんだろう?仕方がない。俺が掛け合ってみるよ」
「あ、ありがとうございます、よろしくお願いします!じゃあ、私はこれで失礼します」
深くお辞儀をしたのを見て、ここは俺もやっておくべきだろうと形式上だけお辞儀をする。そして春乃は先生に背中を向けつつ俺の耳元で言った。
「ありがとう。また後でね」
そう小声で言い軽くウインクをしながら去っていった。
家から出た途端にそんなことを感じてしまうのだからよっぽどかもしれない。これから学校へ行くというのに、アウェー感が否めないが、時はそんなことを知りもせず無慈悲に過ぎ去って行く。スマホの時間がいつもより早いことに不信感を覚えながら、重々とその足を進める。こうなったのも入学した時に失敗をしたからだろうか、余計にその思い出が蘇ってくる。
みんな同じ状況で初対面同士であっても失敗し自分がどうやれば孤立せずに済むのだろうか、そんなことを考えてしまう。
(まぁそんなこと考えてもラチがあかないな... さっさと学校に行こう)
そう思いながらもトボトボと歩いていると、交差点が見えてきた。信号待ちをしようと立ち止まると駅の方から沢山の学生が歩いてきていた。この道からくる人も一定数いるが、周辺駅から通う人も少なくない。鎌倉駅から20分以上かけて歩いてくる人だっているし、和田塚駅から歩く人もいる。人それぞれだ。
(それにしても、こう人が多いと気が重くなるな)
自分だけが異質な存在なのではないかと錯覚してしまう。同じ制服を着ているのになぜなんだ。
そうこうしているうちに目の前の信号が青になり、横断歩道を歩く。横から交差点を渡ってくる同じ学生を横目にほんの少しだけ苦い顔をしながらも、前を向いて歩いていると突然後ろから小さな衝撃を感じた。
「おはよう、涼磨!」
その声は紛れもなく先日あった少女のものだった。
「あー春乃か〜おはよう」
その衝撃に咳き込みかけながらも、その声の正体を知っていた俺はあくまで冷静に応える。
「なにその投げやりな感じ、幼馴染相手に酷いよーぷんぷん!」
(幼馴染....ねえ)
そんな些細な言葉をこそばゆく感じながらも、その頰を膨らませる姿に思わず笑みがこぼれる。
「あ、やっと笑った!表情があんまり変わらないなぁ〜なんて心配してたんだよ」
余計なお世話だ、と思いながらも先程までの重い心と足取りはどこ吹く風で、いつのまにか少し心がほぐれていた。
高校への緩やかな登り坂を上りながらそんな会話をしていると、人の目をいくつも感じたので周囲に目を向けてみると、多くの同じ制服を纏った学生がこちらを見ていた。
「誰だあいつ、坪倉さんのなんなんだ?」
「あんなに楽しそうに話しやがって、なんだあいつは」
嫉妬、と言えば良いのだろうか。その多くは男子生徒で、僻みや妬みとも取れる言葉、目線が多く取れた。そこで気づく。
(ああ、そっか。春乃は以前とは比べ物にならないくらい可愛くなったし、男子生徒の憧れの的なんだな)
幼馴染...として一緒にいる自分にとってここはそこまで居心地のいい場所ではない。確かに春乃は多くの目を惹く学校のマドンナなのかもしれない。俺がとてもそんな風に見えることがないのは幼馴染補正というものなのだろうか。
「あっ、校門だ、涼磨は職員室に行かないといけないんだよね?丁度私用事あるから案内するよ!」
突然横を向いたと思うと元気のある声でそう言う。
「あ、うん。そうだよ」
(この視線、正直キツいものがあるな... まあ職員室の場所分からないしついて行くしかないよな)
そうして春乃と涼磨は校舎へ入っていった
◆
昇降口に入ると、何列もの下駄箱が列を成していた。何個か入り口があった中、1番右側が1年生の下駄箱だった。俺は新しく来た生徒のため当然下駄箱の番号など知らされていないし、そもそも教室の場所だって知らない。
前にいる春乃に続くように履いてきた革靴を脱ぐが、それをどこにしまうか迷っているうちに春乃が振り向いた。
「あ、そっか。下駄箱がないんだよね。じゃあ私のに入れていいよ。122番ね」
「お、おう。ありがとう」
それ以外にどうするかと言っても道はないので、とりあえずありがたく春乃の下駄箱に入れさせてもらう。
(122番、122番...)
俺はさっき春乃が履き替えた場所でさえ忘れていた。とはいえたった縦6つの下駄箱の番号にそこまで迷うことはなく、無事お目当ての番号に靴を入れる。
そうこうしているうちに春乃は上履きを履き終えてしまっていた。俺は急いで持って来ていた上履きをカバンから出し、足元に投げて足を入れるが、そこで自分の靴が春乃のものとは異なり、色もタイプも違うことに気づいた。春乃の上履きは小学生の時に使っていたものと全く同じ白い上履きだったが、俺の上履きは名古屋の高校で履いていた運動靴といってもいいような比較的しっかりとしたものだった。その上一年生の色である緑色がやけに俺の目に明るく光った。
(うわ、みんな同じ格好、同じ上履きだとこれだけでも目立ちそうだな)
先程まで友達を作ってぼっち回避!みたいな思考をしていたくせに、いざその身になってみるとそんなことに敏感になりやけに気になってしまう。
(はぁ...情けないな俺)
溜め息をつきながらそんなことを思う。
「涼磨、こっち」
深く溜め息をつくと共に上履きを履き替え終わり、それと同時に春乃が俺に声をかけて、軽く目的の方向を指差す。
「りょーかい」
そんな軽い返事をし、俺はその背中へとついていった。
廊下をしばらく歩くと右手にそれらしきものが見えた。目線を上げるとそこにはしっかりと“職員室“という室名札があった。
春乃がコンコン、と拳で軽く鳴らし、ドアを開ける。
「失礼します。松代先生はいらっしゃいますか?」
その問いかけは小学校の時の形式となんら変わりのないものだった。
(前の高校では職員室は常時ドアが開放されてたのにな)
この高校ではドアは閉まっていて、いちいち先生がいるか確認しなければならないのだ。
「ああ、あっちにいるぞ」
脇に座っていた先生がそれに答える。指差した先には春乃のお目当ての先生(?)がいた。
「ほら涼磨、担任の先生だよ」
予想はついていたが、まあ十中八九担任だと分かっていた。そもそも担任以外に用事はないし。
その先生は話し声が耳に入ったようで、こちらに気づくと、ああ、と言った感じで近づいてくる。50代後半くらいの男性だろうか。
「またお前か、何度言っても部活の新設はできないぞ。最低でも4人いないとできないって何度も言っているだろう」
「そのことなんですけど、ここにいる越知涼磨くんが入ってくれるそうなので、4人集まりましたよ。これでいいですよね?」
(はっ?何を言ってるんだこいつは。部活?俺の許可もなしに勝手に決めるなよ....)
「お、おい」
ーーちょっと話に乗って。
いつになく真剣な眼差しで俺を見据えてくる。その様子にとりあえずは乗ることにした。
「はぁ... 越知か。確か今日から転校してくるって言ってたな。坪倉、お前知り合いなのか?」
「小学校からの幼馴染なんです。昔よく遊んでいました」
「そうか。どうせダメだと言ってもまた来るんだろう?仕方がない。俺が掛け合ってみるよ」
「あ、ありがとうございます、よろしくお願いします!じゃあ、私はこれで失礼します」
深くお辞儀をしたのを見て、ここは俺もやっておくべきだろうと形式上だけお辞儀をする。そして春乃は先生に背中を向けつつ俺の耳元で言った。
「ありがとう。また後でね」
そう小声で言い軽くウインクをしながら去っていった。