見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
先生が教壇に立ち話し始めるが、クラスのあちこちから小声で会話が聞こえる。HRなどそっちのけだ。まあ大体の生徒にとってHRの内容などさして気にする事ではないのだろう。たとえそれが大事な事だったとしても大抵の場合は口頭だけなんてことはないし、紙を配ったり黒板に書いてあったりする。転校としては季節外れのこの時期、クラス内での役割を決めたりするなんてこともない。転校して来たばかりの俺はとりあえず先生の目を見て大人しくしているが。

「じゃあこれでHRは終わりだ。何か質問があるやつはいるか?いたら手を挙げてくれ。.....いないようだな。今日も一日頑張ろう」

そう言って松代先生は教室を出て行った。ドアが完全に閉まったのを見届けると、春乃と俺の周りにクラスの半分の奴らが集まってきた。

(テンプレかよ...転校生を囲むって容姿が特別優れたやつにしか起こり得ないことだろうに)

とはいえこれは春乃が俺を下の名前で呼んだことが引き金だからそういうテンプレには収まらないだろう。

「坪倉さん、越知くんとはどういう関係なの?!まさか付き合ってるとか...?」

(おいおい聞こえているぞ、そんなわけないだろ一応幼馴染とは言え他県から来た転校生だぞ)

ど直球にそんなことを聞かれて、春乃は頰を赤くした。

(なぜ顔を赤くするんだ?!これじゃあそう思われても仕方ないぞ!)

「そ、それはないって!私と涼磨は小学校からの幼馴染だから!みんなが考えているような関係じゃないから!」

(あーそうやってムキになって否定するとより信憑性が増すんだよなぁ)

呆れ顔をどうにか隠してその様子を見ていると、今度は同じく春乃と女子の会話を見ていた男子が俺に対して言いたいことを全てぶちまける。

「おい越知!本当に坪倉さんと付き合ってないんだよな?!」

「お前朝も一緒に登校してたよな!俺は見てたぞ!」

(こうやってせっかちで勘違いするのは男子に多いんだよな、こうなると周囲どころか学年に広まるからやめて欲しいんだけど)


「だから、俺と春乃はただの幼馴染だって。それ以下でもそれ以上でもないよ」

「春乃って呼んだ!下の名前で呼び合ってるなんてますます怪しいぞ!」

「ええ....」

本心からそんな声が出てしまう。墓穴を掘ったのか俺?

(いやそれはただの言いがかりだろ....)

結局、これ以上は言いようがないし、弁明しようとすると男子の一部がまた騒ぎ出すからと今の状況に身を任せることにした。と、その直後救いの鐘かと思うようにタイミング良く授業開始のチャイムが鳴った。囲んでいた奴らは仕方がないと一旦席に戻ることしたようだ。というかしなくちゃいけないんだけどな。先生が来るまでと粘られなくてよかった。


人がいなくなった机でホッと息をついていると、前の席の奴がいきなり振り返った。

「いやー災難だったな。俺は阪田慎一って言うんだ、よろしく!」

「あ、ああ。よろしく、阪田」

「下の名前でいいぞ。気軽に慎一って呼んでくれ」

「じゃあ...慎一、よろしく。それなら俺も涼磨でいいぞ」

「そうか!じゃあ涼磨、よろしくな!」

白い歯を出して俺に笑いかけるその姿は、なぜか前の学校で隣の席だった奴と重なった。

「早速だけどさ、お前絶対坪倉に部活勧誘されたでしょ。どうなのよ」

「あー確かに誘われたというか、もうなんか俺は入る前提になってる」

「え、ということは3人集まったってことじゃん。俺も入ることになりそうだからさ。まあそれも勧誘されたからなんだけどな。どこにも部活所属してなかったしな。でもな、もう1人は名前だけなんだ。何もする気はないやつだし、ただの水増し部員なんだ。坪倉ってあんな性格だろ?ちょっと心を痛めてるみたいなんだ。どうしても作りたいらしいから、仕方のないことなんだろうけど」

「そうなのか....」

なるほど、春乃は部活に入ってないやつに声をかけたのか。おそらく顔見知りの人で。

「じゃあ春乃と中学同じなん?」

「よくわかったな、3年で同じクラスだったから顔見知りだったんだ」

「なるほどね。というかずっと部活って言ってたけど何部なんだ?」

「え、坪倉から聞いてなかったのか?天文部だとか言ってたけど、まずは部員集めしなくちゃいけないからって興味の有無は聞いてこなかったから、多分取り敢えずは名前だけってことになるんじゃないか?」

ーー天文部。

(よりにもよってなんで天文部なんだ...!)

いや、内心では薄々予想が付いていたのかもしれない。そんなことこれまで考えようとしていなかったから気づかなかったのだ。

一瞬嫌だ、と思ったはずだ。思ったはずだった。しかしそれと同時に部活動というものに興味を覚えていたのかもしれない、小さなワクワク感があった。それは“名前だけの天文部”という事実がそう心を惑わせていたのだろうか。必ずしも天文部の活動に参加しなくても良いというのは自分にとって安心感に似たものを与えることだったのだ。

(まあいいか、学校も部活に入ることを推奨してるし、入って悪い事なんてないだろう)

そんなことを考えていると、1時間目、世界史の授業を担当するであろう先生が駆け足で入ってきた。

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