大王(おおきみ)に求愛された機織り娘
桑の里
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桑の里

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「この糸、いいわね。
これは、昨日ハツが紡いでくれた糸かしら。」

私は呟いた。

ハツは私のいとこ。
私よりふたつ年下の14歳の娘。

「そうね。
夏(旧暦)は他の季節に比べていい糸が多い
けれど、今日のは特に滑らかで織り易いわ。」

母が答える。

私はいつものように母と会話をしながら、機(はた)を織る。

今日は立夏(現在の5月初め)。

先日、一族の者たちが、この春、育った繭から糸を取り、昨日、今年初めての糸をハツとその母が紡いでくれた。


ここは養蚕を主な生業(なりわい)とする桑(くわ)の里。

私のご先祖様が海の彼方の国より伝えた機織りは、この国にはまだ馴染みのない技(わざ)。

この国にも織物は存在するが、道具も簡単な物で、材料も麻。

ご先祖様は、桑の木が豊富なこの里に養蚕と機織りを根付かせ、大王(おおきみ)への献上品とする事で、里の民に豊かな暮らしをもたらした。

近隣の里からは、何度も機織りの技を教えて欲しいと遣いが来るが、我が一族はその技を門外不出とし、決して外に漏らす事はなかった。

そして、その総領娘が私、アヤである。

私には、兄が1人と妹が2人いる。

機織りを受け継ぐ私と妹2人は、幼き頃より許婚が決められている。

他の里の男に嫁いで、機織りの技を漏らさぬように。

機織りの技を持たない兄は、気ままに好きな娘と添(そ)う事が許されるのに。
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