THE FOOL
「・・・恋ってものにはまだ好奇心が走った事が無いなぁ」
やっぱり。
さらっと特にそれに気を止めるでもなく口走った雛華さんが思いだすように視線を泳がす。
まるで今まで自分が得た知識の本のページをめくるみたいにそれを探って、そうしてそれが自分は得ていないと確信を得ると私を見降ろし、にっこりと微笑みそれを告げる。
「考えてみたら・・・、家族や親せき以外でこんな風に女の子に触れるのも初めてだった」
あ、その言葉で納得。
絶対に私何もされてない。
ってか・・・この人・・・。
こんなに美麗で、あの茜さんの叔父さんなのに・・・。
童貞?
何だろう・・・この何とも言えない衝撃は。
思わず固まり、にこにこと微笑む彼を見つめる。
だとしたら、もうそれこそ恐怖は薄れると無駄に抱いていた動揺を掻き消して、更に不快だった手の拘束を見つめて声を弾く。
「・・・・外してもらえませんか?」
「うーん、もう少し付き合ってよ」
「嫌です。私にも生活があるのであなたの遊びに付き合ってる暇はありません。バイトだって・・・」
今から行けば途中からだろうと間に合うだろうと気持ちが急く。
こんなところで遊んでいられるほど暇人ではないんだとその身を起こそうとすれば、予想外の力で再びベッドに縫い付けられ。
ムッとして睨み上げればグリーンの威圧に負かされた。
だけどその口の端はクッと上がっている。
さっきまでの無邪気の留守。
軽く油断したのが命取りの様に突如として再発した緊張。
ドクドクと心音が高まるのを感じ、その静けさに響くのは彼のとんでもない言葉。
「・・・・・バイトなら、・・・もう行っても無駄」
「・・・は?」
「もう、芹ちゃんはあそこの清掃員じゃないって事」
そう言って雛華さんが後ろ手に自分のポケットから取り出したのは
見覚えのある私の携帯。
それをプライバシー無視で何やら操作すると上機嫌でその画面を映し出し私に示した。
映し出された番号は私の登録している会社の番号への履歴。
あえてそれを示してきた意味は嫌な予感として気がついてしまう。