THE FOOL
「何で?どうして?俺を誘拐して脅迫したらさっきのバイトなんて馬鹿らしくなるほどのお金が手に入るんだよ?」
「それに引き換えて手に入るレッテルが犯罪者なんて・・・、お金を手に入れて人生終わらせる様なものじゃないですか」
「おかしいなぁ。巨額の富の誘惑で人の心は動くと思ったけど」
「馬鹿にしないでください。貧乏でも欲しいのはお金じゃなくそれによって保つこの当たり前の日々で生活なんです。・・・それに、私は茜さんとお付き合いしてるんです」
はっきりとそう言いきれば、彼の目がスッと私を見つめ言葉を待つ。
そうだ、そう・・・。
大好きな茜さん。
今の私には一番の支えになっている存在の人。
仕事や生活にいっぱいで楽しむ事なんて一生ないと思っていた私に声をかけ傍にいてくれた人。
一生それをしてくれるとこの指に残してくれた人。
「茜さんを裏切る様な、たとえお遊びでも誘拐なんてしませんから」
絶対に嘘でも裏切る様な行為はしたくないと、突き放すように宣言し頭を下げる。
いや、遊びで誘拐された私がここまで来て敬意を払ってお辞儀する必要なんてないのに。
悲しいかな類似した姿と結局は悪気のないその姿に、彼は身内になる人なのだと礼儀を示す。
そんな私に憤りでなのか口を閉ざし、ただまっすぐに至近距離から覗きこんでいた彼から抜け出した。
そうして今度こそと手錠をしたままの手をドアノブに触れさせ握っていく。
「それは裏切られててもの忠誠?」
ドアを僅かにも開いた時だろうか?
耳に入りこむ声に足を止められ、振り返った時には怪訝な表情をしていたと思う。
それを望んでいたのか私が捉えたのはよく茜さんが見せる様な勝気といえる余裕の頬笑み。
そう、あまり自分にはいい物を与えるものではないと理解している。
「・・・・・裏切る?」
私が聞き返す事も予測済みなのだろう。
ニッと上がる口の端が憎たらしい。
それでも嫌ってほど愛おしい姿に類似するそれ。
だから逃げる事も出来ずに自分をきっと不幸にするであろう話に止まってしまったんだ。