THE FOOL
「まさかだと思うんだけどねぇ。娘さん置いて逃げる筈ないもんねぇ?」
「・・・っ・・・」
「でも、でもね。その万が一もあったらおじさんたちも仕事だからさぁ。君もそうやって清掃員の仕事してたらわかるでしょ?」
その言葉で自分の服装を思い出し視線を移す。
青い、もう明日からは着る事のなくなったそれ。
あまりの許容範囲を超える出来ごとの連続にまともに思考が働かない。
だけどそんな混乱すら許さないというように、今度はしっかりと掴まれた肩の力に驚いて顔をあげた。
「ごめんねぇ、仕事だからさぁ、お父さんたち見つかるまで一緒に来てもらおうか」
「・・・っ・・・」
もう・・・驚きの声すら出ない。
強引にその肩に腕を回され両サイドを不自然な笑みを携えた男達に拘束された。
だけど恐怖を感じたのは・・・・悲しかったのはそこじゃない。
裏切られた・・・・。
まさか・・・、
なんで?
思い返すのは昨日の朝まで当たり前にあった家族の笑みや時間。
また当然訪れると思っていた時間が崩れ去り再びつきつけられたのは家族からの裏切り。
私・・・・何か悪い事した?
もう泣き崩れる余力もない。
ただ静かに頬を涙が伝い、処刑される人の様に意思の伴わない歩みを進めて黒い車に近づいた。
フッと・・・肩にあった重みが消えた。
その直後に風を切る様な音と視界を掠める黒い色。
次いで響いたのは鈍い音と人が痛みに悶絶する様な鈍い声。
何事かと気配の無くなった片側を振り返れば少し後ろで顔を押さえ這いつくばっている男の姿。
何?
そんな混乱で動揺のまま視線を走らせれば、その倒れている男の傍で立っている黒い姿。
でも、それこそ何で?と問わずにいられない。
唖然としてその後ろ姿を見つめていればゆっくり振り返った彼が私を見た。
気がする。
だって・・・、
その目には出会った時と同じサングラスをかけていたから。
「・・・・・・ねぇ、横取りしないでよ」
低く響いた声にゾクリと震える。
それでもその声は私に向けられたものじゃない。
きっと、倒れている男と未だ私の横で圧迫感を与えている男、その2人に対してなのだと解釈する。