THE FOOL





私と同じように今起きた事に呆気に取られていた隣の男が、ようやく奇襲的な行動に憤り、ツカツカとその姿に近づいて乱暴に胸倉を掴んで引き寄せる。


てっきりよけるかと思っていたから、彼の反応に焦って手を伸ばしかけるけど何も出来ず。


唾を飲み込み成り行きをただ視界に流した。




「何だ?横取りって・・・お前もどっかの回しものか?」




私には気色悪い感じに好意的だった声音を敵意のそれに切り替え雛華さんを覗き込む男。


それに対してどんな表情なのか。


その目が見えないけれど特に怯んでいる様子もない雛華さんが、自分の胸倉を掴んでいる手に自分の指先を絡めて声を響かせた。



「悪いけど・・・あれは俺が先に誘拐したの。だから横取りで持っていかれたら俺の探求心が終わらない」



さらっと言われた言葉に固まってしまう。


なんだか格好良く登場したから僅かに見惚れてしまったというのに。


あなたは・・・、


ここに来てまで探求心とか言っちゃうんですね。


そうして言われた男の困惑顔。


そりゃあそうだ、いきなり誘拐とか探求心とか、事情を知らない人にとっては解読不能の言葉の羅列。


事情を知っている私でさえ呆れて物が言えないというのに。


いや、ある意味尊敬だ。


探求心一つでヤクザにまで喧嘩を吹っ掛ける度胸に。


一瞬静まるその空間、それでもまともに意識を働かせた男が舌打ちを響かせ更に雛華さんを引き寄せると睨みをきかす。



「ワケの分からねぇ事いってんじゃねぇぞ。いきなり背後から殴りやがって・・・」



そう言って倒れている男に視線を走らせたのに伴って、雛華さんも視線を走らせ「ああ」と興味なさげに呟いた。


まるで「ああ、あれね」と言っている様に。


そうして一息つくと今度は自分の番だとその口を動かした。




「・・・・・いくら?」


「あっ?」


「だから・・・・彼女が・・・彼女の親が逃げ出しちゃった負債の額」



その言葉に豆鉄砲を食らったのは2人。


1人はそれを面といわれた男。


もう一人はそれを傍観していた私。


それを聞いてどうするんだ?


多分2人してそう思った筈。



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