THE FOOL
こうして目の前に来たはいいけれど、結局何を言おうか思案しているのをその表情だけで感じとる。
多分、感情に素直なだけで悪い人ではない雛華さんは、私を放置し捨て置く事ができなかったんだ。
それでも私は今しがた起きた出来事をスルー出来ない。
自分が詳しくその詳細を知る事もなく、第三者によって完済された借金。
今も雛華さんの後ろで殴られた人を揺り起こしこちらを気にしながら車に乗り込む2人組。
そう、本来であるならついさっきまでは確実に私もあの車に身を置く事が決まってたんだ。
そして容易に想像できる未来は身の破滅。
そんな暗い先の見えないどん底を背に立って、今にも突き落とされそうだった状況を思わぬ方法で回避してくれた人。
「・・・・・っなんで?」
『なんで?』まるで探求心によるそれみたいだけれど、声を発したのは雛華さんでなく私の方だ。
雛華さんといえば未だに動揺にその綺麗なグリーンアイを揺らして私を見つめるだけで。
むしろ私の声が響いた瞬間、その身をブルッと震わせこれから怒られる子供の様に身をすくめた。
一体・・・何でこの人は私に怯えているのだろう?
ああ、人見知り?
さっきの事への罪悪感?
でも、私の中にはもう怒りなんて感情は無いのですよ?
「・・・・どうして・・・・ここにいるんですか?」
ようやくさっきの『なんで?』にかかる言葉を続けると、多少その怯えが緩んだ彼が少し言葉を探しながら口を開く。
「えっ・・・と、・・・あの、実は・・・・ホテルから・・・尾行・・・・」
「・・・・・つけてたんですか?」
「・・・っ・・・・ごめん」
はっきりとした答えでそれを確認すれば、一瞬言い訳をしようとしたのか口を大きく開けた雛華さんがそれでも一度口を閉じてからその謝罪を口にした。
人を誘拐して脅迫して尾行して・・・・、こんな犯罪的な事を遊びでしていったいどんな人だろう。
そんな風に呆れるのはまともな精神。
肯定の謝罪を耳にしながらただ茫然と立ち尽くしていれば、いつの間にか落としていた視線をようやく上に私を見つめ直した雛華さんが息を飲む。
意を決したように足を踏み出すと僅かばかりだったその距離を埋め至近距離と言っていい位置まで近づいた。