THE FOOL
その瞬間に顎に指先とお札の紙の感触。
何事かと身をすくめた私の顔を強引に引き寄せると、次いで与えられた衝撃に意識が飛んだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
頬に、・・・いや、頬に流れた涙を抑えるように触れた雛華さんの唇。
微かに涙の後にかかる息が不思議な感覚で。
最初は何をされているのか頭がついていかず、不動のままそれを受け入れ硬直する。
そうして押し付けられていたその感触が離れると、その距離が対してあかないのに発せられる言葉。
「・・・・・お金なんていらない」
その直後顎から指の感触を残してお札の紙の感触が消えた。
音もなく地面に落ちるそれに一瞬だけ気が移るのに、すぐにその意識は雛華さんに戻される。
「・・・・言ったでしょ?・・・・【誘拐】だって」
「・・・【誘拐】?」
ああ、そう言えば誘拐しろとか仰ってましたね。
そんな記憶の浮上に、自分なりの解釈を確認するように声を響かせる。
「つまり・・・探求心のお手伝いを?」
「ん?」
私の言葉に軽く疑問を浮かべた雛華さんが更に顔を距離を離して私を覗き込む。
さっきのおどおどしていた姿など皆無のそれは性格を知らなければ簡単に落とされそうだと思うほど。
「あの・・・ですから・・・。あの1千万の代わりに・・・言う事を聞けってことなんでは?」
今度は納得いくように自分の浮かんだ答えを口にすると、僅かに見開かれたグリーンアイがすぐに元の状態に戻り何かを思案する。
だけどその思案も一瞬の内で、
「・・・・うん、そっちでもいいや」
「はい?」
「・・・・・そっちの【誘拐】でもいいや」
そっちとは・・・どういう意味だろう?
疑問のままその答えを探る様に空気を見つめ考え込んでいると、こっちを見ろ!と言いたげに私の両頬をその手で包む彼の行動。
当然その策に見事ハマってグリーンアイを視線を絡ませる。
「・・・・・俺を誘拐してよ。1千万の代わりに俺の探求心につきあって」
グリーンアイの悪戯な悪魔が微笑む。