THE FOOL
「井戸は初めて見ましたか?」
「うん、まだあるんだねぇ」
「さすがにもう飲めませんよ。・・・でも昔は汲み上げてスイカ冷やしたりしましたけど」
「・・・・いや、そうじゃなくて」
「はい?」
「知らない?【リング】」
嬉々とした笑みでその名を告げた瞬間にゾクリと鳥肌が立ち障子を壊れんばかりの力で閉めてしまった。
そうでした。
そんな映画もありましたとも。
小さい頃は全く意識もしなく寧ろついさっきまで気にしていなかったそれが一気に恐くなり障子を閉めてしまった。
雛華さんと言えばきょとんと私を見降ろして自分の踏んだ地雷など全く理解していないらしく言葉を続ける。
「いやぁ、結構ホラー好きなんだよねぇ。ジャパニーズホラー?俺海外生活がベースだから時々見るそれにハマっちゃってさ。ほら、この押入れとか・・・」
「も、もういいです!!ちょっと黙って!!」
言われてしまえば確かにホラーベースになりそうな物で溢れるその空間。
さっきの懐かしさなどすでに皆無でビクビクとその空気に怯えてしまう。
カチカチと今も尚動く振り子時計の音にも怯え、時々みしみし言う音にも怯む。
そうして何もいないというのに全身の神経を集中させ警戒していれば、フッと動きだした雛華さんにビクリとし、すぐにその背中に張り付いて引きとめた。
「・・っ・・、芹ちゃん?」
「・・・す、すみません。どこ・・どこに行くんですか?」
「いや・・・奥には何があるかと・・・」
「わ、私も行きます」
「うん・・・」
「・・・・」
「・・・芹ちゃん」
「はい・・・」
「・・・・動けない」
はい、すみません。
しっかりと雛華さんの背中に身を預け皺がつくほどその服を両手で掴んで拘束していて。
そんな状況では当然動きの取れなかった雛華さんの的確な言葉。
しかもよく考えたら大胆なそれに普通なら羞恥が抜きんでてもおかしくないのに今勝るのは恐怖。
だって、この空間恐すぎる。
すでに夕焼けの茜色が空に広がりこの古びた家にも紅い色がさしこんでいる。
物寂しい空間はいかにもな空気を作りあげていて、今にも押入れから何かが這って出てきそうだ。