THE FOOL
私の華の青春など謳歌どころか巡ってくる事なんかないと思って日々を過ごしていたわけで。
つつがなく汚れもほぼない化粧室を後にすると、今度は各会議室だと清掃用具を切り替えた。
僅かに重いワゴンの操作も2年目に入れば何のその。
ガラス張りの清掃の必要があるのか?というほどに整った会議室を掃除し始める。
机を拭いて窓を拭いて、床の掃除機をかけ、流れ作業で第2会議室の扉に手をかける。
使用予定の無いその空間も廊下も、もっと言えばこのフロアは人の気配はあり得ない。
普段は。
だから今もいないのが当然でその扉を開き中に入った瞬間に叫んでしまった。
「ぎゃあっ・・」
色気も何もあった物じゃない。
でもそれくらい本気で予想外の存在に驚愕と畏怖。
そしてそれだけの声を不意に出されたのだから、その存在も私に驚いていいという状況。
なのに、
扉をくぐり中に入りこんだ部屋の窓際で、多分社長くらいのお偉いさんが座るであろう革張りの椅子に雑に座り。
まさかのその足を机に投げ出し足を組んでいるその男。
私の驚愕の叫びに身動き一つ見せず、不動なままのその手には何やら本が握られていて。
多分その視線は今もその本の文字の羅列を追っているのだろうと予測する。
そう予測。
何故かと言えば・・・・、
私も何故?と疑問いっぱいだけども・・・。
彼が本を読んでいるにも関わらず、その眼を黒いサングラスで覆っているからその視線の動きを把握出来ないんだ。
でも身動きしなかった彼の視線は一度も私に移ってはいないのだろう。
暴れる心臓をなだめながら室内にしっかり入り、手に持っていたバケツを床に置くと恐る恐るその姿に声をかける。
「・・・あの?」
「・・・」
「・・・あのぉ、」
聞こえなかったのかと再度声を響かせても動きの無い姿。
まさか耳が悪いのか?と、言うほどの反応の無さに、マジマジとその姿を観察してしまった。
髪は・・・黒。
しかも、特にセットしたとかではない無造作ヘア。
目はさっきの通りにサングラスで確認出来ず。
顎のラインから小顔であると推測する。
小説らしき本を持つ手にはシルバーのリングがハマっていて、ややごつい感じのそれには黒いスクエアの石がはめ込まれている。