忘れられない君との夏。
「わー!気持ちいい!」
放課後、私と洸は屋上にいた。
今日の雑用は屋上の掃除。
秋谷先生にこき使われるのは腹立つけど、今日はちょっとだけ得した気分だ。
「3年もいて屋上に来たのなんて初めて!」
「葵はサボリ魔だから屋上行ったことあるんじゃないの?」
「行こうと思ったけど鍵閉まってたから無理だった」
「…マジでやろうとしたんだ」
呆れる洸を無視して、私は指で額縁を作って空を切り取る。
久しぶりに写真が撮りたい、なんて写真部らしいことを思ってみたり。
「葵はもし彼氏ができるとしたらどんなやつがいい?」
もし、とか言うところが少しイラっとする。モテ男め。
「…正直分かんないんだよね。私、恋とかしたことないから」
私はゴロン、とその場に寝転がる。
「洸は、あるの?」
「…ある」
「へー」
「ニヤニヤすんな!」
そっぽを向いた洸の耳の後ろが赤くなってて、不覚にもかわいいと思ってしまう。
私が手のひらでポンポンと隣を叩くと、洸は渋々腰を下ろした。
「初恋の人はどんな人でしたか!」
手でマイクを演出して私は洸に向ける。
「…元気で、気が強くて、カッコいい子」
「えー!意外!いかにも女の子〜って子かと思ってた!」
「なんだそれ」
「じゃあ、洸にとっての愛を教えてください!」
洸は少し考えるように空を見つめてから口を開いた。
「その子が笑顔で、幸せでいられるためならなんでもする」
そう言う洸の横顔があまりにも綺麗で、私は息を呑む。
そして、どうしようもなく胸が苦しくなる。
「…怖く、ないの?」
声が震える。洸は、何も言わずに私の言葉を待ってくれた。
「いつかその人は洸から離れて行くかもしれないんだよ?人が変わって、別人みたいになるかもしれないんだよ?」
「怖いよ」
洸は当たり前のようにそう言う。
「怖いし、大切だからこそ臆病にだってなる。でも、それが人間だよ、葵。」
洸の優しい声に、何故だか泣きそうになる。
「…洸は、もし好きな人に東京に行かないでって言われたらどうする?」
「行かないよ」
洸は、顔色ひとつ変えなかった。
私は何も言えなかった。
私の胸を、後悔が襲う。
聞かなければよかった。
自分の感情がよくわからない。でも、羨ましかったんだ。
洸に、そんな風に思ってもらえる人がいることが。洸に、東京に行かないでって言える権利のある人が、羨ましくて、羨ましくて、しょうがなかった。