目を閉じたら、別れてください。
違う。さっき私は全力で逃げていたのを知ってるくせに。

「でも都築さんはこの後、私と会議があるのでお借りしてもいいでしょうか?」
「えっ」
「ああ。懐かしくて引き留めてしまった。どうぞ。また連絡する」

爽やかな笑顔で、嫌味なく帰っていくその姿に呆然とした。
その姿だけなら、昔のままなのに。

足でドアを蹴破ったり、乱暴な言葉を使う人ではなかった。

『お前がガッツいてない淡白な男がいい、硬派でしゃべりすぎない男がいいと言ったんだぞ』
彼は昔の姿は偽っていたと言いたいの。
それとも私に怒って私にだけ冷たくしてるの。

訳が分からない。

「さっきのクレームの人、自分の非を認めて帰っちゃったらしいです。副社長さんすごいですね」
「え、あ、そうなんだ。お礼を言ってなかったなあ」
「……いつもクールで本音が漏れる時は口調が悪くなる先輩が、そこまで真っ青になるって」

ずいっと一歩踏み込んできた泰城ちゃんが私の顔を穴が開くまで見つめる。

「……険悪なまま別れた元カレ、とかだったりして」
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