目を閉じたら、別れてください。

「じゃあ都築さんに頼んでみよう。奥?」
「はい。あ―……でも今は話しかけるなオーラ出してましたよーう」

彼女が柔らかく笑うと、大抵の男性は鼻の下を伸ばす。
いつも笑顔で気が配れて甘え上手でちょっとドジ。
私みたいにひねくれた人間は、計算なんじゃないのかと思うほど完璧なキャラ設定に感心している。
が、いまはそんな彼女に感謝しかない。
「じゃあさっさと記録書書いて戸締りしようか。残業なんてなったら怖い怖い」
「それは私も怖いですよ。19時に先輩と飲みに行くので」

「よーし。泰城さんのために頑張っちゃうぞー」

笹山はいつかくっそ熱いお茶でも出して舌を火傷させてやろう。
ここまで下心があるやつの方が、寡黙で知的で何も考えていない人よりましなのかもしれない。

「あ、ペン落とした」

右手拳に力を込めていた時、不意に彼がデスクの下を覗き込んできた。

「てなわけで、金曜の夜、迎えに来る。駅と事務所どっち?」
「!」
「笹山にばれるよ?」

こんなに爽やかに笑う人だっけ。この状況で笑うなんて相当なふてぶてしさだけど。
私は、この人のことを今まで全然知らなかったのかもしれない。

悔しくて、彼の胸ポケットに刺さっているペンを抜くと、手のひらに書いた。

『えき』
油性ペンで消えないように、力強く書く。

「あったあった、ペン、みっけ。じゃ、失礼しますね」

ふっと鼻で笑われたような気がするが、私はまだ負けていない。
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