目を閉じたら、別れてください。
正直、彼が店を選ぶなんて新鮮だ。
今考えれば、神山商事の御曹司を立ち食い居酒屋や、食べ放題飲み放題の店とか、屋台やラーメン屋に連れまわしていたなんて、昔の私かなり頭がおかしい。
『なんかさ』
「はい」
『一年しか経ってねえのに、すげえ距離だなって思うわない?』
「はあ……まあそうですね」
『そーゆうとこな。じゃあ、後で』
もう少し話が続きそうだったのに、私の返答が不服だったのか電話は切られた。
まずか三分にも満たない会話の中では、表情も分からないので相手の気持ちなんて見えやしない。
戸惑っていると、今度はメールが来た。
店の名前と場所、予約時間まで。
この短時間で、すごい。
お店のホームページはないらしく、彼の示した場所を自分でマップを開いてみて呆然とした。
高級老舗料理店が続く路地の、隠れ家的な場所だ。
一見さんお断りの地域の、看板もない路地裏の店。
「……私と付き合っていた時は、そんな店知ってるような素振りもなかったのに」
間違いない。一年しか経っていないのに、距離が遠くなっているって言うのは違う。
住む世界が違ったのだと、互いの住む世界がよく見えているからだ。