目を閉じたら、別れてください。
「遅くなってすいません。お話をお伺いします、都築桃花と申します」
頭を下げつつ待たせていたお客様の方へ駆けよる。
お客は、中年の男性で不機嫌そうに手を組んでふんぞり返って座っていた。
急いで目の前のパソコンに自分のIDを打ち込み、立ち上げる。
「責任者はあんたか。管理人と直接話がしたいが、繋がらねえんだよ」
「今確認しますので、お住まいの住所と建物名を教えていただけますでしょうか」
「あー、あっこ。あのぼろい建物」
「お名前を――」
足を組み替えながら不機嫌そうなため息を吐く声が聞こえてくる。
これかかなりお怒りではないだろうか。
名前と住所を入力すると、データが出てきた。三日前に入居している。
部屋を案内したのはベテランの男性。角部屋だったのを少しでも安くと強請られ、エレベーター側の部屋に決めている。家賃の交渉も交渉済み。
保証人も保証人代行サービスを使ってる。
うーん。地雷案件だ。家賃について言及して選んだのに騒音か。
「確認が取れました。それでどのような騒音でお悩みなんでしょうか」
「エレベーターの稼働音だよ。うるさくて夜中寝れやしない。0時以降はエレベーター禁止か、この家賃で違う部屋に変えてもらう。そちら側の通達ミスだろ」
私は実際にこのマンションを見たことはない。壁がどれぐらい薄いのかもわからないけれど、このマンションで騒音クレームはこれが初めて。エレベーター隣の家から苦情は来たことがない。
それに、備考欄に『騒音説明済』って書いてるじゃねえかよ。
面倒だなあ、億劫だなあと段々顔が無表情になってしまう。
「すいません、お茶をお持ち致しました。あとこれ祖品です」
泰城さんがナイスタイミングでお茶と、祖品のシャンプーセットを持ってきた。
もう少しで『頭髪後退じじい』と呟きそうだった私にナイスフォローだった。
「了解いたしました。では担当と管理人にまずは確認させます。空き部屋は、階が上がりますしファミリー向けしか空いていないので、そのままの家賃では難しいですね。交渉は致しますが」
「そっちの不備なのにか」
「はい。申し訳ありません」
備考欄に要注意人物の旨を入力しながら、自分でも驚くほど冷たい声が出た。
いけないいけない。普段事務だからつい作り笑顔を忘れてしまう。
「あんなあ姉ちゃん。誰しもおっさんが若い女に優しいと思ったら大間違いじゃねえかな」