目を閉じたら、別れてください。

「そうですね。では担当の者が帰ってくるまで待たれますか。折り返し電話させましょうか」
「おい、その生意気な態度を――」


怒鳴られそうになった瞬間、私の椅子が後ろへ引っ張られた。

くるんと回転して、隣のスペースに押し込められる。

代わりに椅子に座ってそのお客様の対応をしたのは、私の知っている香水を纏わせた男だった。

「すいません。彼女、こっちの担当ではないので。お話は此方で聞きます」

名刺を取り出しながら、その男は私の方を振り向いた。

「都築さんは事務の仕事に戻って結構ですよ」
「なっ」
「ほお、あんた若いのに、神山商事の副社長なのか」
「副社長!?」
「新しく不動産売買仲介事業を始めることになったんで引き抜かれたんですよ。こちら、名刺です」

戻って結構ですよ。
そう言われたのに私はその場からしばらく動けなかった。
向こうからは顔が見えないとは思うけれど、私の口は情けないことに大きく開いていたと思う。

今、私の椅子を引いて逃がしてくれた男。
この男、見覚えがあるんですけど。

「都築さん、大丈夫でしたか?」
「あ、うん。えっと、あの人、なんでここにいるの?」
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