目を閉じたら、別れてください。
「やっぱさ、斎藤さんの派閥はすげえわ。あの人がいたら保守派は敵わねえ。だから俺があの人差し置いて新しい部署の部長になったんだろ?」
何の話を、――誰としてるの?
襖を薄く開けてみると、既に髪までセットされた彼が少し猫背になりながら、座って庭を見つつ煙草を吹かしている。
「斎藤派閥を黙らせるには、このお見合いはやっぱ失敗させれねえよなあ。そうそう。あの人もそこを考えてるんだろうけど――」
勢いよく襖を開けると、いい音を立てて全開になる。
驚いて此方を見た彼が、口から煙草を落とすのと私が飛び掛かるのはほぼ一緒だった。
「殺す。――神山進歩、お前を殺す」
「やべ、これまじだ。俺死ぬ」
馬乗りになって、頬を拳で殴ってみた。
ぺちんと情けない音しかしないのに、手は痛んだ。
人を殴ると痛いのだ。でも漫画みたいな効果音はしない。
ぺちんと情けない音だけが響いた。
「おかしいと思ったのよ。私みたいな平凡で短気で勝気で、我儘で人のことを振り回すやつを、なんであんたみたいな男が近寄ってくるのか」