青い僕らは奇跡を抱きしめる
 葉羽の掛け声に気を良くしたサボテン爺さんは、益々得意げになって、道具を手に取り手品を始めた。


「なあ、兜、お前はこれを見てどう思ってるんだ?」


 俺は見兼ねて小声で隣に座っていた兜に意見を求めた。


「ん? 普通。いつものことだから」


 何事にも動じてない兜の大人な感性に、俺は自分がおかしいのかと思ってしまう。


「だって、あれ、よくみてみろよ、前、開いてるぞ」


「うん、あれもよくあることだから。慣れた」


 おい、これは慣れで済まされるものなのか。

 一人で突っ込みながら、俺は念力でも送るように、サボテン爺さんが自分で気が付いてくれることを願った。


 俺は子供ながら愕然と、ただただ目の前で繰り広げられる異様な光景に、凍りついた。

 兜は平然と見ているし、葉羽はいかにも楽しそうにキャッキャと声を出して喜んでいる。

 そして俺は、ただ口を開けて、ポカーンとしていた。

 そうなったのも、回りの対応についていけなかっただけじゃなく、サボテン爺さんの手品のすごさの意味が分かったからだった。

 トランプ手品をすれば、途中で見事に手から滑り落ちて、最後はかろうじて手に残っていたトランプまで放り投げていた。

 失敗してもオーバーなリアクションで、とてもすごいトリックを見せたように意気揚々と大げさなポーズをとっている。

 空の箱から何かを取り出す手品もトリックが丸見えで、台の下から何かを引っ張って、いかにも箱から出てきましたよと演技している。

 何も持っていないと掌を前に出して見せれば、ジャケットの袖からは紐が思いっきり見え、まさかあれを引っ張りだすのではと思えば、その通りのことが起こった。

 水が出てきたときは、これはヤバイと思ったのも束の間、見事にバシャッとこぼれた。

 それを困ることもなくペースを崩さずに手品は続くから、最後は俺も笑うしかなかった。

 サボテン爺さんは失敗も恐れず、それは見事に楽しく一人で手品を続ける。

 その姿は失敗しても、一生懸命という姿が美しいと教えられたような気分だった。

 あまりにも圧倒されて、ここまでくると本当にすごいとしか言えなかった。


 この爺さん只者ではない。


 なんだか震えてきたが、それは汗ばんだシャツが冷やされて、体温が逃げたからかもしれなかった。

 いや、これは魂が浄化されたサインなのかもしれない。

 それほど、その数々の失敗が、清々しくあっぱれで、却って気持ちよく思えた。
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