青い僕らは奇跡を抱きしめる
 もっと他に殴れるような武器はないのかと走り回っていたが、追いかけてくる奴らは「逃げるなんて卑怯だぞ」とわめいている。


 だから卑怯という意味が分かって言ってるのかと辞書をなげたくなった。

 力が正義とでも言いたいのか、そんな時、前から自転車がやってきて、辺りをキョロキョロしていた俺はそれにぶつかりそうになってしまう。


 それを咄嗟に避けたとき、バランスを崩して地面に倒れ込んでしまった。

 できるだけ素早く立ち上がったが、その無駄な動作のせいで追いつかれ服を掴まれた。

 離せと抵抗しているうちに他の奴らもとうとう俺に追いついた。


 走ったせいでお互い息が上がってしまい、すぐには殴りかかってこようとはしなかったが、捕まえた事でニヤリと笑みを浮かべこれからいたぶって殴れる事に歓喜していた。


 武器になるものは周りにはなく、このままでは人数で負けてしまう。

 その時、ある手品の事を思い出すと同時に、俺はパンツのポケットに手を突っ込んだ。


「なんだよ、ナイフでも出すつもりかよ」


 相手は警戒して体に力が入ったが、俺が取り出したものを見て、笑い出した。


「お前、家の鍵を取り出してどうするつもりだよ」


 俺は鍵を持っていた。

 それは一つではなく、母親のアパートの鍵、伯母の家の鍵、まだ両親が離婚していなかったときに住んでたもう一つのアパートの鍵と三つ連なっていた。

 それで充分の数だった。

 俺はそれを右手の指の間にそれぞれ挟みこんだ。

 そして拳を作って、相手に見せ付けてやった。


 葉羽と手品の練習でボールを指に挟むトリックから咄嗟に思いついた。


 相手にとったらバカな事をしていると思っていたかもしれない。

 だが、素手で殴るよりは鍵のようなものでも、突起が拳についていればそれは充分凶器になる。


 そしてそれは期待以上の威力を出したのだった。

 しかし、だからと言って俺の勝ちだったのかと聞かれれば、俺は首を横に振ることしかできなかった。
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