青い僕らは奇跡を抱きしめる
 まだ教師に成り立ての頃。

 手探り状態が続き、試行錯誤に工夫を凝らし、自分なりに格闘していた。

 そんな時、葉羽が教えてくれた手品は、授業でも大いに活用した。

 子供達は手品を利用した授業を盛大に楽しんでくれた。


「さあ、3個の玉と5個の玉をこの空箱の中で掛け合わせたら、何個になるかな」


 俺が問題を作る。


「先生、その箱の中じゃ足すことはできても、掛け合わせることはできないと思います」


 おしゃまな子供は、疑問を投げかけた。

 俺は意味ありげに笑い、クラス全員の顔を見渡した。


「それじゃ3X5はいくつ? 皆で、せーの」

「15!」

「はい、よくできました。そしたらちゃんと15個入ってるかな?」

「きっと8個しか入ってないと思います」

「そうかな?」


 そして俺は箱を開け、中から一つずつ玉を教壇の前に並べていった。


 「一つ、二つ、三つ……」と数えて、八個以上の時になったときも続けて「九つ、十、十一、十二、十三、十四、十五!」と並べていった。


「ほーら15個入ってただろ」


「えー、どうして?」

「箱は最初空だったのに」


 ありえないと皆びっくりしていた顔が可愛くて、俺もまた楽しんでいた。


「先生はすごい」

「そんなことないよ。先生よりももっとすごい人がいたんだよ。その人に手品を教えてもらったんだけど、その人、それ以上に奇跡が起こせるんだ」


「キセキ?」

「そう、それこそびっくりするくらいの魔法が使えて、出来ないことを可能にしたんだ」


「へぇ、すごいね」

「みんなも一生懸命頑張ったら奇跡が起こせるかもしれないよ。だから一緒に先生と楽しく頑張ろう!」

「はーい」


 あどけない素直な返事が教室一杯に広がった。


 俺はその時、教室の一番後ろで俺の授業を楽しそうに見ていた女の子に笑いかけた。

 その女の子は、ピンクの花を一つつけたサボテンの鉢植えを抱え込んでいる。

 しかもパジャマを着て、髪の毛がしっとりと濡れていた。

 いかにもお風呂から出てきましたという姿に、俺はあの時を思い出して胸がきゅんとする。


 泣きたくなりそうになりながら、授業を進めた。


 俺はその女の子が居たから、とても張り切って大きな声でしゃべっていた。


 30前にもなって、しかも授業中にときめくなんて──


 そこには懐かしい顔が、俺をじっと見ているからだった。

 中学生の時の姿のまま、葉羽がそこに立っていた。


 思わず声をかけたくなったけど、ぐっと飲み込んで授業を続ける。


 君のお蔭で、俺は人気者の先生になったよ。

 きっと俺の言いたい事は、葉羽には伝わっていると思う。


 満月の夜のあくる朝に、そわそわと門の前で俺を待っていた葉羽。

 どんな気持ちでいたのか、今ならとても理解できる。


 全ての辻褄が、この時、目の前に葉羽が現れた事でパズルのピースを埋めるようにぴったりと合った。


 これが、サボテンと約束した葉羽の奇跡だった。

 時を超えて、教師になった俺に会いに来てくれたのだ。


 後で知ったのだが、この時サボテンは二回目の花を咲かせていた。

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