青い僕らは奇跡を抱きしめる
 放課後、子供達が家路に着こうとしているざわざわした教室内で、俺はサボテンの鉢植えを、そっと教室の後ろの棚の上に置いた。


「あれ? 先生さっき教室から出て行ったと思ったのに、そんなとこで何してるんですか?」

「あっ、サボテンだ。なんでそんなの持ってるんですか?」


 あどけない目をした数人の生徒達が寄ってきては、不思議そうに俺とサボテンを見ていた。

 俺はその時、幸せすぎて目が潤んでいたかもしれない。

 そんな表情をさとられまいと、体にぐっと力を入れて、子供達を見て微笑んだ。


「これか? これは先生の大切な人がくれたんだ」

「大切な人?」


 さらにまた数人の子供達が集まってきて、俺の周りを取り囲み、好奇心一杯の目をサボテンに向けた。

 好奇心が膨らみすぎて、誰かが触ろうと指を伸ばしかけるのを、俺は笑って忠告した。


「棘に触れたら痛いぞ」


 その指はすぐに引っ込んだと同時に、その生徒は怖がって海老のようにぴょんと後ろに下がっていた。


「そんなに逃げなくても大丈夫だ。サボテンは襲わないから」


 子供達はその行動がおかしかったのか、ケラケラと笑いだす。


「ねぇ、先生、これって花が咲くんですか」

 また誰かが質問してくる。

 俺は正直その質問になんて答えていいかわからなかった。

 サボテンが花を咲かせることは知っているが、このサボテンは花をこの先も咲かせるのだろうかと、ふと思う。


 『このサボテンは三回だけ花を咲かすの』


 あの声が蘇る。

 そしてその三回目の花は、今ちょうど咲き終わったところだった。


「そうだな、そうだといいな。さあ、皆、そろそろ家に帰る時間だぞ。暗くなるの早いから道草せずに真っ直ぐ帰れよ」

 生徒達は教室から追い出されようとするも、嫌な顔せず元気な声で俺と挨拶をする。

 子供達が去ると、教室は音を消したように静かになった。

 秋の西日が柔らかく教室に入ってくる中、俺は暫くサボテンと二人っきりで見詰め合っていた。

 そして下手くそな手品を披露してくれた、あの子の事を考える。


 花咲葉羽(ハナサキハバネ)、俺専属のマジシャンであり、そして本当に奇跡を起こす女の子だった。
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