Shine Episode Ⅰ


「神崎さんのマンションってすごいんですよ」



栗山と向かい合いナイフを動かしながら、水穂は今しがた見てきた籐矢のマンションの様子を詳しく語っていた。

パテを切り分けているが、それらが口に入る間もないほど語る口は忙しく動いている。



「眺めはいいし角部屋だし、かなりの広さだと思います。お値段も相当するんでしょうね」


「だろうね。でも、神崎さんの家ならそれくらいの不動産は他にもあるんじゃないかな?」


「神崎さんの家って、そんなにすごいんですか?」


「香坂さん知らないの? 神崎光学って会社知ってるよね。それが神崎さんのお父さんの会社だよ」


「えっ、神崎光学って、電器機器メーカーのトップ企業じゃないですか」



水穂の口はますます忙しく動き、籐矢の話題ばかりがテーブルの上でかわされていた。

フォークを口に運ぶしぐさが可愛いく、もぐもぐと動く口元が愛らしいのに……

水穂をにくからず思う栗山は、今日の食事の時を楽しみにしていたのだが、籐矢の話題により楽しい気分は半減していた。

それでも、懸命に話す水穂へ不満な顔は見せず、ものわかりのいい先輩の顔で応じている。



「神崎さんは長男なのに、どうしてお父さんの会社に入らなかったのか。

われわれの間でも話題になったけど、誰も神崎さんに真意を聞いたことはないらしい。

もっとも、聞いたところで、あの人が答えるとは思えないけどね」


「そうですね。素直じゃないから……けど、知らなかった……神崎光学の……」


「神崎さんの実家のことを知ってる人は多いよ。香坂さん、本当に知らなかったんだね」


「はい……」




水穂は籐矢の言った言葉を思い出していた。


『家は俺にとってコンプレックスなんだよ』


京極家との繋がり、神崎の家のこと、彼の背負うもの。

予想以上の重荷がかかっているのだと思うと、いつもの神崎の悪びれた態度がわからなくもない。

お坊ちゃんだったんですね と軽く言ってしまったことを思い出し、水穂は自己嫌悪に陥った。


はぁ……と深いため息とともに顔を覆ったかと思えば、ぶんぶんと頭を横に振り何かを否定するそぶりを見せる。

冴えない顔の水穂が籐矢のことで思い悩んでいるのは確かだったが、せっかくの食事の時を邪魔されたくない思いから、栗山は話題を変えた。



「そう言えば、この間の宗教団体の暴動、誰かが先導してたらしいね」


「えぇ、講演会で声をかけるタイミングがあまりにも良過ぎて、そうじゃないかって、神崎さんとも話してたんです」


「あれから、教団内部を調べて欲しいと教団側から申し出があって、調べにいったんだ。

教団は利用されていただけだと証明して欲しかったんだろう、実際そうだったけどね。

で、調査にはいったら、面白いものが見つかってね」


「なんですか? 面白いものって」



とたんに水穂の顔が輝き始めた。

彼女は仕事の話となると、こんな顔になるなと栗山は苦笑しながらも話を続けた。



「ある機械の部品が見つかった。ごく小さな部品だけどね、外国に流していた形跡があった。 

その部品は国外で軍事用に使われたのではないかというのが、研究室の見解だ」



それが姿を消した幹部らの資金源だったのではないかと、水穂の気を引くように熱心に語り始めると、栗山の声に耳を傾けながら、遅れ気味の食事を急ぐように水穂の小さな口元があわただしく

動き出した。

可憐な口元を見つめながら、どのタイミングで切り出そうかと栗山は考えていた。

一方、水穂の頭は、聞いた情報の整理でいっぱいになっていた。

籐矢の家のこと、教団の消えた幹部のこと、軍事用に流用されたらしい部品と、犯人が不法に得た資金のこと……

栗山の申し出もそんな中で聞いたため、よく理解せずに返事をしていた。



「……香坂さん いいかな」


「いいですよ」


「本当? 良かったぁ……断られるかと思って、冷や冷やしてたんだ」


「断るって、私が何を断るんですか? 食事だったらいつでもOKですよ」



栗山が深いため息を漏らした。



「僕と付き合って欲しいと 言ったつもりだったんだけど……」


「えっ?」



水穂の思考回路が一気に停止した。

付き合って欲しいって……交際すること? 誰が? 誰と?

テーブルの上で栗山に手を握られても、まだ事情を飲み込めずにいる。



「初めて会ったときから好きだった」 



真剣な顔で栗山に言われて、水穂の頭は交際の意味を探るべくゆっくり動き出した。

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