Shine Episode Ⅰ
5. 二人の距離
ため息をつく、髪をかきむしる、遠くを見る、顔を叩く……
今日の水穂は一人芝居のようだと籐矢は面白そうに見ていた。
「おい、出かけるぞ」
声を掛けると、見られていた恥ずかしさを隠すように、すっくと椅子から立ち上がり、いつもなら 「どこに行くんですか?」 と聞いてくるのに、今日は黙って籐矢の後についてきた。
「俺が運転する。今日のおまえは使い物にならん」
いつもなら水穂に運転させて、籐矢は助手席と決まっていた。
それが、今日は自らハンドルを握っている。
「すみません……私 あの……」
「何があったか知らんが 仕事とプライベートは分けろ」
「はい……」
しょんぼりした声が返ってきた。
「で、何があったんだ?」
「神崎さん、言ってる事がめちゃくちゃですね。仕事とプライベートは分けろって言っておきながら聞くんですか?」
「上司は部下の内面もケアするんだよ。悩みはなんだ、遠慮なく言ってみろ」
「へぇ、そんなことまで神崎さんの仕事ですか。知らなかった、でもいいです。
上司だからって、全部知ってもらう必要はありませんから」
頬を膨らませて、プイと外を向く水穂がドアミラーに写った。
「ほぉ……栗山に交際でも申し込まれたか。おめでとう」
「どうしてわかるんですか!!」
「図星だったようだな。それくらい容易に想像がつくさ。朝からため息ばかりが聞こえてくるからな」
前を向き運転をしながら、籐矢の口の端が笑っている。
はぁ……と、水穂はまた、ため息をついた。
「おまえにため息は似合わないぞ」
「似合わなくて結構です!」
「せっかく付き合ってやろうって男があらわれたんだ。ありがたく受けろ」
「栗山さんは、付き合ってやろうなんて言い方はしません」
「ふぅん……じゃぁ、お付き合いしてください、お願いしますと頭を下げられたか。栗山も必死だな」
「違います! 勝手なこと言わないでください。付き合って欲しいって、普通に言ってくれただけですから」
「なんだ、普通か、つまらん」
「人のことで面白がらないでくださいよ。もぉーっ!」
「いや、実に面白い。まさか、告白のセリフまで上司に報告してくれるとは思わなかった」
「はっ……」
とぼけた顔の籐矢の誘導尋問に、気がつくとしゃべらされていた。
もうこれ以上は話すものかと、きつく口を閉じた水穂だった。
が……
「恋愛の相談ならいつでも乗るぞ。こう見えても経験豊富だからな」
「へぇ、そんな風に見えませんけど……」
水穂の目が、疑わしそうに籐矢を見据える。
「男と女ってのは、き合ってみなきゃわからん。相性が合うかどうか、数をこなしてこそ会得する」
「なんですか、それ……経験豊富って、ただの遊び人じゃないですか。私、そんなことできませんから」
「おまえなぁ、その歳でまさか恋愛経験もないってことはないだろうな」
「まっ、まさか、ほっといてください」
「付き合って相性がよければ一緒に住む。結婚はその先だ。それくらいの気持ちの余裕が必要だな」
「ずいぶん詳しいですね。神崎さん、同棲でもしてたんですか?」
「まぁな」
「えーーっ!!」
本当だろうか、いや担がれているのではと考えをめぐらす。
籐矢の顔を盗み見るが、今は笑っていない。
では同棲は事実なのか……
水穂の顔はまた百面相になっていた。
「同棲って簡単に言ってくれますね。もちろん結婚を前提にですよね?」
「それがわからないから、一緒に住んで相性を確かめるのさ」
「不潔だわ」
「不潔とはなんだ、認識不足だぞ。フランスで同棲は非難されることではない、むしろ歓迎される。
一緒に暮らしているカップルの半分以上は同棲だ。それでうまくいけば結婚にいたるカップルもいる」
「上手くいけば結婚って、結婚しない人も多いってことですか」
「ユニオン・リーブルって言葉を知ってるか。内縁関係という意味だ。
恋愛至上主義の彼らは形式にとらわれない。あっちの人間は合理的な考え方をするんだよ」
真面目な顔をして ”同棲” をレクチャーする籐矢は珍しく饒舌だった。
しかし、どこまでが本当のことなのか、サングラスの目からは判断が付きかねた。
「ところでどこに行くんですか?」
「おまえの彼氏がいるところだよ」
「はぁ?」
車が進む道には見覚えがあった。
「もしかして……科捜研ですか?」
「だから言ったろう。おまえの彼氏がいるところだって」
「違います! 勝手に決めないでください!!」
もうこれ以上は絶対言うもんかと、水穂は籐矢から顔を背けた。