Shine Episode Ⅰ
帰りの車の中で、籐矢は一言も言葉を発しない。
いつもなら水穂をからかい、籐矢の口の悪さに腹を立てながらも、それが籐矢との関わり方だと思っていた。
黙りこくってしまった籐矢が気になりながら、水穂はもうひとつの出来事を思い出していた。
研究所を出る直前、栗山に呼び止められた。
「今度の休みに付き合って欲しい。君の家に迎えに行くよ」
半ば強引に時間を告げられ、体の陰に隠すようにして素早く手を握られた。
こんなところで困る……と思いながらも、握られた手が熱くなっていくのが感じられた。
栗山に感じていたほのかな想いが、次第に大きくなってゆく。
強引なところも魅力のひとつなのだろうと、水穂はひとり思いにふけっていた。
助手席の神崎は、車に揺れながら栗山に頼まれた用件の手はずを考えていた。
捜査とは言え、気まずくなった関係の父に仕事の話をするのは躊躇われた。
父親の会社へ入社を望まれながら、自分の我を通しこの仕事に就いた。
父の落胆振りは予想以上で、その後の親子関係に溝が出来たのはいうまでもない。
先だっても、正月早々家族のいる前で衝突したばかりだ。
征矢に頼むか……
父親との接触を極力避けるべく、父の会社で働く弟へ仲介を頼うことを思いついた。
少し気持ちが軽くなり車外に目を向けると、奇しくも 『神崎光学』 の看板が籐矢の視界に入ってきた。
冬の風が巻き上げた落ち葉が看板をなでている。
父親が籐矢の入社をあきらめないように、籐矢にも現職をやめたくない理由があった。
腹の中をさらけだしたところで、互いが納得するとは思えない。
今年の麻衣子の命日には、顔を出さないわけにはいかないだろう……
片手で額を支え苦悩する籐矢の耳に、重い空気を破るのんきな音が聞こえてきた。
「おまえ腹の虫は、えらく大きく鳴くんだな」
「すみません……お昼あんまり食べなかったので……恥ずかしいです」
「栗山のことを考えすぎて食欲も落ちたか。だがなぁ、その音は百年の恋もさめるぞ」
「うっ……だって……」
「晩飯には早いが、おごってやる。何がいい?」
「うそっ」
「うそじゃない。俺の気が変わらないうちに行き先を考えておけ」
わぁーい! と無邪気な声が運転席から聞こえた。
「和食もいいけど、中華もいいな」 と水穂の声は弾んでいる。
中華料理の、色とりどりの料理が目に浮かぶ。
水餃子が食べたいと考えたころ、籐矢の頭を占めていた父親の顔はどこかへと消えていた。
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科捜研 ・・・ 科学捜査研究所(かがくそうさけんきゅうしょ) 科捜研は略称
都道府県の警察本部に配置される公的研究機関で、科学捜査の研究、および鑑定を行う。
科学警察研究所とは別の機関で、科警研は国の機関である。