Shine Episode Ⅰ
「みなさんおそろいね」
長身に見事な脚線美、制服の丈が短いのか、足が長いのか、行きかう男は必ず振り返る。
婦人警官の制服がこれほど似合う二人はいないと、警視庁内でもっぱらの噂の二人が立っていた。
「ジュン、ユリ、久しぶり」
「よう、ふたりとも相変わらずの美貌だな」
籐矢が普段口にしないようなことを、この二人には臆面もなく言う。
「いつもお褒めに預かり、ありがとうございます。そうやってちゃんと褒めてくれるのは神崎さんだけです」
答えたのは内野淳子だ。
元走り屋だったというだけに、婦人警官の中でバイクを扱わせたら右に出るものはない。
暴走族の取り締まり中、最後までヘッドを追いかけ、公道で派手にやりあった武勇伝の持ち主でもある。
そのとき一緒に任務に就いた機動隊の猛者連中が、こぞって彼女に惚れこみ、猛アタックの末にその中の一人と結婚したいきさつは、すでに伝説になりつつあった。
ジュンは一児の母でもある。
もう一人の美人の岩谷由利は、気風のいい淳子と対照的で、いつも穏やかな笑みを浮かべている。
だが、いったん車に乗り込むと、並みの男はかなわないドライビングテクニックの持ち主である。
由利も既婚者である。
駐車違反を取り締るため、毎日通っていた商店街の若旦那に見初められ結婚、酒屋の女将の肩書きも持つ一風変わった婦警だ。
彼女が商店街に嫁いだことで、商店街から無断駐車と飲酒運転が消えたと言われている。
水穂と二人は部署も階級も異なるが、同じ歳ということでなにかと仲良くしていた。
この三人が集まると、色気より車、食い気よりバイクの話で盛り上がる。
ジュンとユリは警視庁の広報ポスターのモデルをつとめる美人であり、水穂と二人が並ぶ様は壮観であると籐矢は密かに思っている。
「聞こえたよ。水穂、ホワイトデーに栗山さんとデートだって? 独身はいいわねぇ」
「私たちなんて家庭持ちって理由で、今夜は仕事よ」
「独身のコに残業は酷だって理由、どう思う? 私たちだってダンナからお返しが欲しいのに、ねぇ」
「そうよ、お返し、欲しい!」
ユリとジュンは口々に文句を言う。
「今夜はどこの取り締まりだ」
「レインボーブリッジです。毎年、この日はバカップルの取締りです。やってらんないわ」
「レインボーブリッジで何を取り締まるの?」
「夜景見たさに、車を止めるバカが多いのよ」
ジュンが苦々しい顔で説明する。
「止まらなくてもスピードを緩める車が多いから、おかげで大渋滞。ホントいい迷惑だわ」
ユリが呆れ顔で訴える。
「それは大変だな。よし、知り合いの料亭に頼んで夜食の弁当を差し入れてやる。
休憩までに持っていくから、待ってろ」
「本当ですか? わぁ、嬉しい。神崎さんも夜景を眺めながら一緒に食べましょう。
水穂、アンタは栗山さんとごゆっくり。私たちは神崎さんとデートだから」
「デートって、なによ、仕事でしょう!」
「いいのいいの、これくらいの楽しみがなくちゃ、やってらんないわ。じゃ、待ってます、神崎さん、あ、と、で」
カツカツとヒールの音をさせながら立ち去る二人は、モデル並みのウォーキングである。
すれ違う男達の視線は、二人の頭から足元まで行き来する。
「神崎さんって、あの二人には優しいんですね」
「そうかぁ?」
「そうですよ。たまには私のことも褒めてください」
「褒めても、おまえは俺の言葉を信じないだろう」
「そんなことありません。褒められて悪い気がする人なんていませんから」
「ほぉ、じゃぁ褒めるぞ。おまえは美人だし頭も切れる、素晴らしい部下だ」
「ちょっとぉ、思ってもみないこと、口にしないでください」
「それみろ、信じないだろう」
水穂はプイっと横を見て、籐矢はそんな水穂をおかしそうに眺めていた。
「そこの二人、漫才はすんだか。仕事を頼みたいんだけどね」
東郷室長が、ニヤニヤしながら入り口に立っていた。
「漫才じゃありません! 室長までそんなこと……もぉ……」
水穂の顔がますます膨らむ。
「急ぎの用事ですか? 夕方までに終わる仕事なら引き受けますが」
「用でもあるのか?」
残業に珍しく条件をつける籐矢を、室長がいぶかしげに見た。
「コイツが夕方からデートだと言うので、それまでには解放してやろうかと思いまして」
「ちょっと神崎さん、なんてこと言うんですか。ちっ、違いますから」
水穂の手が室長へ向かって、そんなことありませんと大きく否定している。
「そりゃ悪いな。それでは、香坂君のデートの時間までに用事を済ませてくれ。
外務省に行って欲しい。神崎、おまえさん、情報局にいとこがいるだろう」
「いるにはいますが、アイツ、いま日本にいるかどうか……」
「帰国しているそうだ。行って話しを聞いてきてくれ、おまえさんが行った方が話が早いだろう」
「わかりました」
「ふたりとも、今日はそのまま帰っていいぞ。香坂君も身だしなみの時間が必要だろう」
「室長まで……」
男二人にからかわれ、水穂の顔は赤くなった。
膨らんだり赤くなったり、くるくると表情が変わる顔を面白そうに眺める籐矢を、室長もまた眺めていた。
これは思ったよりいい組み合わせになりそうだ……
小突きながらデスクに戻る二人を、室長の目が優しく追っていた。