Shine Episode Ⅰ
「ここでおろしてください」
「ここって、お客さん、ここは駐車禁止ですよ」
「大丈夫ですから」
タクシーの運転手に警察手帳を見せて、水穂はレインボーブリッジでタクシーを降りた。
「呼び出さないって言っておきながら、神崎さんって意地悪なんだから! うそつき!」
誰もいないことをいいことに大声で怒りながら、パトカーの赤色灯を目指して歩いた。
パトカーを背に立っていた籐矢は、水穂の姿を認めると 「おう、きたか」 と嬉しそうな顔をした。
その顔に水穂の怒りは最高潮に達した。
「神崎さん、約束が違います! 今日は呼び出しはないって言ったじゃないですか!」
「そんなに怒るなよ。無理に来なくていいと言ったはずだが……」
「確かにそう聞きました。でも、聞いた以上ほうっておけません。こなくてもいいなら連絡しないでください!」
「まぁ、そう言わずに夜景でも見ろ」
「はぁ? 呼び出しておきながらなんですか。ふざけないでください」
水穂の怒りは収まらない。
「水穂、ちょっとこっちに来て」
籐矢と一緒にいたジュンこと内野淳子婦警が、水穂の腕を引っ張って路肩へいく。
「ジュン、放して、痛いじゃない」
「アンタ、デートは終わったの?」
「そうよ、家に帰ったとたん、神崎さんに呼び出されたのよ」
「そう……それならいいわ。私は、栗山さんと一緒だったのかと思ったから」
「なにがいいのよ、呼び出しといて、あの態度は何?
”今どこだ、無理にとは言わないが、こられるならレインボーブリッジに来い”って」
よほど腹に据えかねたのか、水穂はジュンを相手に喧嘩腰である。
この気の短いところは直しようがないと呆れながらも、ジュンは水穂を促した。
「水穂、ほら、見なさい。こんなに綺麗な夜景は、ほかでは見られないんだから」
「ジュン、アナタまでそんなこというの?」
「神崎さんは、水穂にこの夜景を見せてあげたかったの。
アンタも神崎さんも、あれだけポンポンしゃべるのに、肝心なことの意思の疎通に欠けるわね」
「意思の疎通なんて……あの人には無理よ」
「そんなこと言わないの。神崎さん、私たちに差し入れだって、約束通り夜食を届けてくれたのよ」
「料亭のお弁当でしょう? よかったじゃない」
「そんなことどうでもいいの。神崎さん、遠くを見て、夜景が綺麗だなってつぶやいて……そしてアンタに電話したのよ」
籐矢のいる方向に目をやると、ユリと一緒に車の誘導をしている籐矢の姿が目に入った。
ジュンの言葉に促され橋の外に目を移すと、東京の街の明かりが一望できた。
ビルの屋上から見る夜景と違い、海を挟んだ対岸の夜景はそれは美しいものだった。
「車を止めて見たくなる気持ちもわかるわね」
水穂の口からでた言葉にジュンは頷いた。
「そうよ、神崎さんも粋なことするじゃないの」
「それ、どういうこと?」
「アンタ、本当に鈍いわね。はぁ……なんで神崎さんがここにアンタを呼んだのか、それくらい自分で考えなさい。
私は仕事に戻るから、ここで取締りをする振りをして、思いっきり夜景を楽しんで」
そう言うと、ユリのいる方へと走り去った。