Shine Episode Ⅰ
7. 彼の事情
神崎籐矢のマンションへの道のりを、香坂水穂は仏頂面で運転していた。
あの言い方って、なに様のつもり?
ホントっ頭にくる!
神崎さんって、人使いが荒すぎ、もっと部下を大事にしてよ!
あー腹たつー!!
走行中、目の前に割り込む車に向かって 「勝手に割り込まないでよ!」 と叫び、煽るように走る車へ 「私に張り合うつもり? 十年早いわっ!」 と怒鳴りながらアクセルを踏み込む。
スピード違反さながらに車を走らせる水穂の機嫌は最悪だった。
その日、籐矢は出勤していなかった。
珍しいこともあるものだと思っていたところ、連絡が入り……
「10時に俺のマンション前に車で来てくれ」
「どうしたんですか、病気にでもなりました?」
水穂は、本当にそうなのだろうと思った。
それにしては声が元気ですね、と言うより先に声がした。
「じゃぁ、頼んだぞ」
有無を言わせぬ言い方は、水穂を怒らせるに充分だった。
乱暴な運転で10時より早くマンションに着くと、玄関前に人が立っていた。
それが籐矢だとわかるまで、たっぷり数秒はかかった。
「神崎さん、その格好……どこに行くんですか?」
いつもとあまりにも違う籐矢の姿を目にして、水穂は朝の挨拶も忘れていた。
ダークブルーのスーツはいかにも上質で、細身のメタリックフレームのメガネが顔にぴたりと収まっている。
顔が映りそうなほどピカピカに磨き上げられた靴と、幅の広いストライプのネクタイが嫌味に見えないのは、すっきりとスーツを着こなしているからだろうか……
水穂は、上から下へ、下から上へと籐矢の姿を何度もたどった。
「服装チェックはすんだか……行くぞ」
「あの……行き先を聞いていませんが」
「目的地は神崎光学の本社だ。ナビで確認しておけ」
憮然とした物言いに水穂はカチンときたが、神崎光学を訪れる理由を思い出した。
栗山から依頼された部品のことで、籐矢は苦手な父親と会わなくてはならないのだ。
それが籐矢を不機嫌にさせている。
「私一人で行きましょうか。神崎さん……なんだか辛そうです」
水穂の意外な申し出に、籐矢の表情が崩れた。
「いや、そういうわけにもいかないだろう。心配を掛けてすまない」
珍しく殊勝な言葉が返ってきた。
「いつも、今みたいに素直でいて欲しいですね。やればできるじゃないですか」
「おまえなぁ、人がせっかく低姿勢でいるのに、気勢をそぐようなことを言うな」
「低姿勢って、すまないって言っただけじゃないですか。ふん、心配なんかするんじゃなかった」
「あのなぁ……ふぅ……もういい、11時に待ち合わせだ、時間に遅れるなよ」
言いたいことだけ言うと、籐矢は目を閉じてシートにもたれた。
実の父親に会うのが気が重いとは、水穂には理解しがたいことだった。
どんな親子関係なのか、この目で確かめてやろうと思いながら、大通りに出て車を流れに乗せた。