Shine Episode Ⅰ
通された応接室は富士山を望める眺めの良い部屋だった。
壁には大きな絵が飾られ、ボードの上にはガラス工芸品が並んでおり、それらから会社の風格がうかがえる。
籐矢の事情はわからないが、父親の会社に入ってもよかったのに……
などと、水穂が単純な思いにかられていると、急に振り向いた籐矢に名前を呼ばれて体がはねた。
「紹介しよう。俺の弟だ」
「神崎征矢です。兄がいつもお世話になっています」
「初めまして、香坂水穂と申します。こちらこそお兄様にはお世話になっています
今日はお忙しいところお時間をいただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ、お世話になります。
兄さんはこんな綺麗な人と一緒に仕事をしてるんだね。羨ましいよ。
でも、僕ならドキドキして仕事に身が入らないだろうな」
「いえ……そんなぁ」
「おい、何をモジモジしてるんだよ。俺の言うことは信じないくせに、俺に似たヤツの言葉は信用するんだな」
籐矢は子供のように拗ねると窓際へ行き、タバコに火をつけ、いかにも不機嫌そうに煙を漂わせた。
この前もそうだったと、水穂は数日前のことを思い出した。
外務省、情報局の一室に現れた男性は、どことなく籐矢に似ていた。
神崎さんを穏やかな顔にするとこんな感じかな……と、親しげに挨拶を交わす男二人を交互に眺めて、水穂は人間観察に余念がなかった。
「そんなにジロジロ見るな」
「すみません。でも、さすがにいとこ同士、よく似てらっしゃいますね」
「そんなに似てるか? 俺たちは、直接の血のつながりはないんだがなぁ」
「えっ」
男二人が高らかに笑う。
「この前会っただろう、お前が美人だとしきりに言っていた、俺のいとこ、アイツの亭主だ」
「近衛潤一郎です。籐矢は昔からの知り合いでして、貴女でしたか……妻に会ったそうですね」
「あの時の綺麗な方のご主人……」
「やっと関係が理解できたようだな」
「ゆかが、しきりに言っていたよ。籐矢さんと一緒にいた女性がチャーミングだったとね」
「そんなこと……わぁ……」
潤一郎にそう言われ、水穂は恥ずかしげにうつむいた。
「おい、なんでコイツが言うと照れるんだよ。俺もさっき同じ事を言っただろう」
と、そのときも今と同じような会話が交わされたのだった。
「神崎さんは冗談交じりだから信用できないんです!」
口では反抗的なことを返したが、水穂は籐矢の一族に感心していた。
警察庁長官を叔父に持ち、実の父は大企業の社長であり、いとこは外務省情報局に勤務している。
普通ではとても手に入らないような情報が、籐矢の耳に入ってくるのだろう。
「いつもの兄さんと感じが違うね。親しく言い合いえるってことは、香坂さんと良いコンビなんだね」
籐矢も水穂も互いに背を向けるのを、征矢は可笑しそうに眺めていた。
この二人、もしかして……気がついていない
征矢が兄の変化に頬を緩ませていると、応接室のドアがノックされた。
神崎社長が姿をあらわしたとたん、籐矢の顔は険しくなった。