Shine Episode Ⅰ


「ICPOから派遣された、ソニア・ベアール捜査官だ」



室長の紹介に続いて挨拶をしたソニアの言葉を、籐矢が訳して皆に伝える。

言葉の問題もあるため、ソニアの在日中は籐矢と水穂が接待役を任された。 

「フランス語なんてできませんよ」 と尻込みしていたが、水穂の心配はほどなく解消された。

ここでの会話は英語で交わされるという。

学生時代得意だった英語が役に立つとわかり、水穂は元気を取り戻した。



「べアール捜査官」


「ソニアでいいわよ。私もミズホと呼ばせてもらうわね」



整った顔が、一瞬にして人懐っこい顔になった。

ソニアは気さくな人柄らしく、他の捜査官と打ち解けるのも早かった。



4年前のテロ事件と、先日の宗教団体を隠れ蓑にした武器密輸の事件、これらを繋ぐ手がかりを求めて捜査官達は捜査を進めてきた。

ソニアが持ち込んだ情報と籐矢たちが集めた情報を照合して、事件解決の糸口を見出してゆく。

精力的に動くソニアを中心に、どこに行くのも三人一緒だった。

会話のほとんどは捜査内容が占めていたが、時折、籐矢とソニアの間で交わされるフランス語の会話は、不快とまではいかないが水穂に居心地の悪さを感じさせた。

ソニアが日本に来て4日目のことだった。

いつもなら仕事のあと宿泊先のホテルにソニアを送り届けて、それから二人は帰宅していたが、その日は水穂を自宅に送ったあと、籐矢の車はソニアを乗せたまま走り去った。

車のふたりを笑顔で見送ったが、このあと籐矢とソニアがどこへ向かったのか、ふたりでどんな時間を過ごすのか、水穂は気になって仕方がない。

籐矢がICPOに出向中、二人は間違いなく恋人同士だった。

それは、何気なく交わされる会話でもわかる。

誰に対しても必要以上に打ち解けることのない籐矢が、ソニアには実に優しい顔を向けるのだ。

彼女が来てからというもの水穂との軽口も減り、ソニアばかりをかまう籐矢に不満もあった。

だが、なぜこんなにも籐矢の態度が気になるのか、水穂はまだ判らない。

水穂が胸いっぱいにモヤモヤを抱えている頃、籐矢とソニアは海の見える店で、テーブルをはさんで軽い食事をとっていた。



「仕事のあとで飲もうなんて、珍しいじゃないか」


「あら、日本ではこうやって仲間意識を高めるんだって、教えてくれたのはアナタよ」


「そうだった。懐かしいよ、みんなでよく飲んだな」


「そうね、トーヤによろしくって……みんな会いたがっていたわ」



籐矢が照れくさそうに笑う。

彼がこんな顔を見せるまでにずいぶん時間がかかったものだと、ソニアは二人が過ごしたリヨン時代を思い出していた。


日本からきた新しい捜査官の面倒を見てやれとチーフに言われ、籐矢のアパートに向かったソニアは、 無気力な顔で外出する姿を見かけて、そのままあとをつけた。

食事もせず、酒場で一人辛そうな酒を飲む籐矢へ声をかけて、一緒に飲み、酔いつぶれた彼を自分の部屋につれて帰り、介抱して……

翌朝、「またどこかで会いましょう」 と籐矢に告げて別れた。

その数時間後、オフィスで再会したときの籐矢の顔は、今でも鮮明に思い出すことができる。



「ねぇ、覚えてる? 日本から来たばかりのアナタと飲んだ翌日、本部で私に会っでしょう。

あのときのトーヤの驚いた顔、今でも時々思い出すのよ」


「ふっ、俺も覚えてる。一夜を過ごして別れた女がそこにいるんだから、そりゃ驚くさ」



一夜限りの付き合いと思ったのに、まさか同僚だったとはね、と籐矢も当時を懐かしく思い出した。

その日はソニアに再会しただけでなく、大変な出来事があった。

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