Shine Episode Ⅰ
「おはよう。明日、メシでもどうだ。ソニアも一緒に……」
「あらぁ~残念。栗山さんと先約があるんです。神崎さんはソニアさんと楽しんでください」
「いつならあいてる、ソニアからも水穂と一緒にと言われている。明後日なら大丈夫か?」
「今日も明日も明後日も、ぜーんぶ予定が入ってます。最後までソニアさんと二人きりで、どうぞごゆっくり。
私のことなんて 気にしないでくださーい」
籐矢の顔もまともに見ずに即答した水穂は、言いたいことだけ言うと、さっと背を向けヒラヒラと手を振りながら立ち去った。
「全室禁煙」 の張り紙の前で煙草を取り出してみたが、水穂が目を吊り上げて煙草を奪いにくることもなく、籐矢を振り向くどころか、すれ違うだれ彼に愛想を振りまいている。
明後日は、ソニアが日本で過ごす最後の日だと知っていて食事の誘いを断るとは、こんなに付き合いの悪いヤツだったのかと、籐矢は水穂の態度に腹を立てた。
だが、自分をかまってくれない水穂へ不機嫌になっているとは気がついてはいない。
籐矢と水穂のやり取りを、部屋の入り口から面白そうに眺めるソニアの姿があった。
言葉はわからないものの、この数日彼らと行動をともにして籐矢と水穂の関係も見えてきた。
今朝の二人は……
遠慮がちに話しかけた籐矢を、水穂はろくに顔もせずに突き放した。
素っ気無く後ろを向いた水穂の後姿を見送りながら、籐矢は憮然とした顔で煙草を取り出し、苛立たしそうにカチカチとライターを鳴らしている。
通りがかった同僚に煙草を取り上げられて、ブスッとした顔で喫煙室に向かう姿は、いままでソニアが目にしたことのない大人気ない籐矢だった。
まるで恋愛初心者ね……
ふふっと小さく笑って、ソニアはその場をあとにした。
翌日の夜……
いつもよりテンションの高い水穂は、栗山と食事のあいだもしゃべりっぱなし、身振り手振りではしゃいでいた。
「今夜の香坂さん、なんだか楽しそうだね。それで、僕に話したいことって何?」
「あぁ……それ、もういいです。あーでも、ちょっと聞いてもらおうかな。
神崎さんとソニアさんですけど、やっぱり恋人同士だったみたいです。
仕事中も仲が良くて、当てられっぱなしなの。ホント、大人の恋人って感じ」
「そうだと思った」
しゃべり続ける水穂にうなずきながら、栗山は胸の中でガッツポーズをしていた。
これで籐矢を意識しなくてすむかと思うと、自然に笑みがこぼれてくる。
食事がいつもよりおいしく感じられたのは、言うまでもない。
楽しい夜だった。
いつもは、はにかみながら栗山にやっと体を預ける水穂を、今夜はグイと抱き寄せてキスをする。
今夜なら勝算があるはずだった。
籐矢につれなくされた水穂の気持ちは、これで完全に自分に向くだろうと栗山は計算したのだが……
「栗山さん、ごめんなさい……帰ります、本当にごめんなさい……」
送ると言う栗山の言葉を断り、水穂はさっと手を挙げてタクシーを止めると、あっという間に車上の人となった。
唖然と見送る栗山は、何が水穂の機嫌を損ねたのかわからぬままである。
家までのかなりの距離を、釈然としない思いを抱えながら歩いて帰った。
一方水穂は、タクシーの車窓を流れる景色を眺めながら自問自答していた。
どうしてこんなに腹が立つんだろう……誰のせい? 栗山さん?
そうじゃない、神崎さんのせい……かも……
ぼんやりと答えは出ているのに認めたくない。
「お客さん、花火が見えますよ」
「わぁ、きれい……」
夜空にひろがる花火に目をやりながら、水穂の頭には籐矢の顔が浮かんでいた。