Shine Episode Ⅰ
これ以上は聞くなと言われたようで、水穂は話題を変えるためにソニアに話しかけた。
「ソニアさん、今回は仕事ばかりで、どこにも案内できませんでした。今度はゆっくり案内しますね」
「ありがとう水穂、楽しみにしているわ。次は、夫も連れてくるわね」
そういうと、ソニアは水穂の驚く顔を面白そうに見ながら、いたずらっぽく微笑んだ。
「えーっ ソニアさんって結婚してたんですか!」
「そうなの。あら、言ってなかった?」
ブンブンと頭を振り 「全然聞いてません!」 と叫ぶ水穂は、みんなを見回して 「驚いたわね」 と同意を求めたが……
「ねぇ、どうしてみんな驚かないの? もしかして、みんな知ってた?」
「事情通の私が知らないわけないでしょう。知らなかったのは水穂だけみたいね。かわいそうに」
何食わぬ顔でジュンが答える。
ジュンの横では、ユリが 「うん、かわいそうだね」 と頷いている。
その横で籐矢がニヤリと笑っていた。
再び不機嫌になった水穂は、口を尖らせながら文句ともつかぬことをブツブツ言う。
「ソニアさん、指輪もしてないし、わかりません。誰も教えてくれないし……
もぉー、みんな意地悪なんだから」
「指輪だけど、妊娠したら指がむくんじゃって、日本に来る前にはずしたの」
「えーっ!!!」
「夫が指輪がないのに気がついて、どうしてはずしたんだって聞くから、喜んでちょだい、妊娠したのよって言ったら、もぉ大変。
日本には俺が行くって言い始めて、搭乗ゲート前で大喧嘩よ」
これにはみなが驚いた。
「お腹も目立たないし妊娠初期ですよね。長時間飛行機に乗って、体調は大丈夫ですか?
ご主人が心配するのもわかるわ……」
出産経験者のジュンは更に驚いている。
「妊婦さんなのに10センチヒールってすごいわ。さすがにフランスの女性はお洒落ですね。
見習いたいわぁ」
ユリはジュンと違うところに驚いている。
「あら、トーヤは驚かないのね。あーっ、ジャンでしょう! ジャンがアナタに言ったのね!!」
「まぁな……」
籐矢は、すました顔で煙草の煙を横に噴出した。
「神崎さん、すぐ煙草を消してください。妊婦さんの前ですよ!」
「おっ、それもそうだな」
「なにが ”それもそうだな” ですか。気を遣うなら、すべてに気を遣ってください!
車の乗り降りに手を貸すだけが、気遣いじゃありません」
「俺は男だ、気がつかない事だってあるんだよ」
「そんなの言い訳になりません、常識です」
「この際ですから禁煙したらどうですか。一緒にいる私だって煙を吸ってるんですから」
「なんでそうなるかな。車の中では吸わないだろう、これでも気を遣ってるんだよ」
「どこが!! とにかく、その火を消して。ほら早く!!」
さすがの籐矢も水穂に強く言われて、バツの悪そうな顔しながら煙草の火を落とした。
そんな二人を、ジュンとユリとソニアまでが可笑しそうに笑って見ている。
「やっぱりこうでなくちゃね。水穂、吠えたらスッキリしたでしょう?」
「ちょっとぉ、吠えたってなによ。私は犬じゃないのよ」
「あはは……神崎さんも大変ですね。でも、いつもの水穂に戻って安心したんじゃないですか?」
なーにが安心したのよ……と口では反論したが、モヤモヤが吹っ切れた水穂は、水割りを美味しそうにゴクリと飲み干した。
水穂の様子をチラッと見た籐矢が 「フフッ」 と、いつもの彼らしからぬ笑みを浮かべたのを、ジュンもユリも見逃さなかった。
そして、ソニアも目を細めてそんな籐矢を見つめている。
「その、ふっ、って鼻で笑うの、やめてください。失礼です」
「そうか、悪かったな」
「その言い方、全然悪いって思ってないでしょう? まったくぅ」
「フフッ……」
「また笑う。いま言ったばかりじゃないですか!」
ただひとり……水穂だけは、籐矢の笑みを理解していない。
どこまでも鈍い水穂は、ずっと籐矢につっかかり、そんなふたりを周りは面白そうに眺めていた。