Shine Episode Ⅰ
帰宅すると、雨に濡れた娘を、母の曜子が迎え入れた。
今夜は栗山と一緒だと聞いていたが、あまり嬉しそうな顔でない娘が気になった。
「どうしたの。栗山さんとケンカでもしたの?」
「なんでもない……」
「そんな顔して……デートから帰ったら、もっと楽しい顔をしていたのに、倦怠期かしら?」
母親の言葉とは思えない可笑しな表現に、水穂は思わず吹き出した。
「お母さんらしい発想ね。結婚前、お父さんと倦怠期なんてあったの?」
「ないわよぉ。会うたびに、ズキンって心臓が鳴るの。
祐太郎さんの顔を見ただけで、手がジーンって痺れたものよ」
「やぁだぁ、娘の前でノロケるなんて。ご馳走さま」
「ふふっ。あっ、そうだ。神崎さんからお電話をいただいたの。
明日のスケジュールが変更になりましたからって。
これがメモ。今夜はお出かけだとうかがったので、自宅にお電話差し上げましたって。
丁寧なご挨拶をされて、この前の事件のことも、ご心配をおかけしました、申し訳ありませんとおっしゃって。
とっても礼儀正しい方ね。それに声が素敵、お母さん、聞き惚れちゃったわ」
「そう……ありがとう」
ほうっておくと籐矢の話を聞かせてとせがまれそうで、水穂は母親とのおしゃべりを短く終えた。
熱いシャワーを浴びて、いつもは入らない浴槽に身を沈めたのは、体が冷えているから温まってきなさいと母の助言だった。
一人になると 栗山とのことが思い出された。
今夜の栗山は、水穂が知っている彼とはどことなく違っていた。
いつも落ちついて、自信に満ち溢れていて、これまでは余裕のある接し方をしていたのに、さっき別れた彼は、何かに追い立てられたようで切羽詰った感じがみられた。
どうしたんだろう、あんなキス……初めて……
いままでになく積極的なキスは、水穂を離さないと言うようで悪い気はしなかった。
神崎さんのキスよりずっと素敵、ホント、神崎さんて、なにもかも乱暴なんだから…
先日の夜を思い出した水穂は、またズキンと指先と胸に痺れを感じた。
「えっ、なんで神崎さんが出てくるのよ。私が好きなのは栗山さんなんだから……」
ザブンザブンと湯をかき回して、水穂は全身に走った鼓動と籐矢の顔を打ち消した。