Shine Episode Ⅰ
処置室に運ばれるストレッチャーを見送った籐矢は、言い知れぬ虚脱感に見舞われた。
虚脱感の次は、激しい後悔に襲われた。
なぜ水穂のそばを離れたのか、彼女から目を離したのか。
なにより、水穂を危険な場へ同行するべきではなかった。
これでは、麻衣子の二の舞ではないか……
籐矢は自分を責め続けた。
「マスコミは抑えた、香坂の名前は出ない。警察官が一人負傷したとだけ報道される。
彼女の様子はどうだ」
「弾が脇腹をかすったようですが、かなりの出血です……」
「そうか……神崎君、自分を責めるな。いいな、責めるんじゃないぞ」
籐矢の心を見透かし気遣う室長の言葉に、容易に頷くことはできず、うなだれた。
廊下の固い椅子に座る籐矢の前に、上司や幹部が駆けつけ、水穂の母親や弟が到着し、籐矢はその度に説明を繰り返し頭を下げた。
服についた水穂の血を見ながら現場では起こりえる状況だったとは言え、彼女を守りきれなかったと、悔いる言葉だけがこぼれていた。
新興宗教団体の捜査で見つかった、特殊な形状の部品が発端だった。
捜査本部はもとより、科捜研、神崎光学など、あらゆる方面から手がかりが寄せられていた。
それらからもたらされた情報をたぐり捜査が進む中、先日のビルの一件から繋った港の張り込みで、密輸の証拠をつかむところまでたどり着いた。
何らかの方法で部品が海外に流れ、テロ組織の資金源になっているだろうと予測されていたが、捜査員が張り込んだ港に動きがあったのが三日前。
港の一角で手配中の男の顔を確認したことで、この港が密輸の現場であると特定した。
港の張り込みで丸一日は動きはなく、二日目もこのまま過ぎていくのかと思われた矢先のことだった。
もたらされた情報のとおり、人目を避けるように真夜中過ぎに積荷の運搬が始まった。
船員がせわしく動き出し、その動きに不穏な動きを察知した。
張り込んで二日間、行動を制限されていた捜査員が浮き足立つのが感じられた。
船に近づくため、籐矢は身を潜ませていたコンテナからゆっくり離れた。
離れながらも、後方のコンテナの陰にいる水穂へ常に気を配っていた。
水穂がじっとしてはいないだろうことはわかっていた。
だからこそ、あえて 「動くんじゃないぞ、いいな」 と籐矢は声をかけたのだが、 船から離れた場所にいるという安心感が気の緩みとなったのか、水穂は様子を窺うべく身を乗り出した。
「立つな、顔は見なくていい。水穂、聞こえないのか!」
「でも、見えそうなんだけど……」
服に仕込んだマイクに向かって、再度注意を促したあとだった。
船上の一人が水穂の姿に気がついた。
「伏せろ!」
銃声が響き、同じくして水穂の呻き声があがった。
とっさに振り向いた籐矢の目に、崩れるように倒れる水穂の姿が飛び込んできた。
「水穂!」
駆け寄りたい衝動を懇親の力で抑え込み、籐矢は部下へ指示を出した。
「誰かあいつを頼む。あとは俺に続け」
すさまじい形相の籐矢は、先頭を切って前に飛び出した。
密輸現場を押さえることが優先で、密輸団との応戦はできるだけ避けようというのが籐矢たちの計画だった。
ところが、警察の張り込みに気づいた犯人側の一人が発砲したことで状況が一転した。
相手の動きを見極めるために籐矢たち少人数のみが動き、ほかはその場を動くなと号令を発した直後、水穂が別行動をとるグループの存在に気がつき、ほんの一瞬、物陰から身を滑らせたときの出来事だった。
銃声の後、船に向かって飛び出した籐矢たちは、相手方が放った煙幕に遮られて追跡は困難となった。
引き返した籐矢はまっさきに水穂の元へと駆けつけた。
「水穂、大丈夫か! おい、なんとか言え!」
目を閉じて苦痛に耐える顔がようやく言葉を発した。
「大声を出さないでください……傷に響きます」
抱きかかえた腕についた鮮血が、水穂の脇腹の傷の位置を示していた。
救急車の到着から病院までの搬送が、籐矢にはとてつもなく長く感じられた。
ときおり呻くような水穂の声に、手を握り大丈夫だと声を掛け続けた。