Shine Episode Ⅰ
病院に着くとストレッチャーとともに廊下を走り、担当の医師に渡すまで水穂の手を離さずにはいられなかった。
水穂の脇腹をピストルの弾がかすっていた。
傷の割には出血が多く周囲を心配させたが、そう長くない入院ですみそうだと聞き、籐矢はひとまずは安堵した。
だが、水穂にケガをさせてしまった事実は消せるものではない。
「申し訳ありませんでした。私がついていながら、お嬢さんに怪我をさせてしまいました。
お詫びの言葉もありません」
水穂の母、曜子に、籐矢は深々と頭を下げた。
「神崎さん、どうぞ頭を上げてください。この仕事に就いたからには、こういうこともあると本人も覚悟していたでしょう」
「しかし、大事なお嬢さんに弾傷など……」
籐矢は頭を上げることなく曜子に謝り続けた。
「そんなにおっしゃらないでください」 「いいえ私の責任です」 と押し問答が続く。
謝り続ける籐矢に曜子も困り果てていたが、ふっと口元を緩ませた。
「そうねぇ、娘の肌に弾傷が残ったんですもの、これが原因で水穂がお嫁にいけなくなったら……
ねぇ、神崎さん、そのときは娘をもらってくだらない?」
「はぁ?」
あまりに突飛な言葉に籐矢が頭を上げると、曜子は口元に笑みを刻んでいた。
「いかがかしら? ねっ、約束ですよ」
「はぁ……」
籐矢の戸惑い顔を楽しそうに見つめる曜子は、なおも微笑を浮かべている。
ふたりのやり取りの横で、病人が動く気配がした。
「……うーん……なんの話? 私がどうしたの?」
「あら、水穂ちゃん目が覚めたのね。痛みはどお?」
「少しだけ、でも大丈夫だから……ねぇ、私がどうしたの?」
「うふふ、神崎さんとアナタの将来を相談していたの」
「私の将来って?」
水穂が母親と籐矢の顔を見比べて、不思議そうな顔をしている。
「体に弾傷が残ったら、おまえさんの結婚にも響くんじゃないかと、お母さんと心配してたところだ」
「えーっ! なにそれ」
水穂が今にも起き上がりそうになり、曜子が慌てて押さえた。
「アイタタ……傷が右側だったの忘れてた。二人とも、変なこと言わないでよ。
傷口が開くじゃない」
「それくらい元気があれば大丈夫ね。お母さん着替えを取りに帰るわね。
神崎さん、しばらく娘をお願いします」
何か言いたそうにしている水穂へ 「静かに寝てるのよ」 と釘を刺し部屋を出ると、廊下まで見送ってきた籐矢へ曜子は重ねて告げた。
「神崎さん、どうぞご自分を責めたりなさらないでくださいね。
みなさまへご迷惑をおかけしたのは、娘のほうですから」
「迷惑など、そのようなことは」
「いいえ、怪我は自分の責任です。あの子も重々わかっているでしょう」
そうまで言われて籐矢は返す言葉もなく、黙って頭を下げた。
曜子の気遣いに感謝しながら病室に戻ると、水穂が睨みつけてきた。
「神崎さん、さっきのどういうことですか。説明してください」
「さっきのって、なんだ」
「とぼけないでください。私の結婚がどうのって話です」
「あぁ、それか。おまえのお袋さんから ”娘に傷が残ったら結婚できないかも” って相談を受けてなぁ」
「それで、神崎さん、なんて答えたんですか」
「俺の責任だから、お嬢さんの結婚相手は私が責任を持って探しますと答えておいた。
責任は最後まで取らなきゃ、俺のポリシーに反するからなぁ」
「変なところでポリシーなんか出さないでください。もぉーっ」
はは……と籐矢は笑っていたが、急に真顔になった。
「傷はどうだ。本当に痛みはないのか」
「えぇ、今のところは鎮痛剤が効いてるみたいです」
「そうか……」
籐矢の大きな手が、水穂の顔にかかった髪を上げ額を撫でた。
負傷して痛みがないはずはないのに、心配させまいとする水穂の気持ちが伝わってくる。
「神崎さんの手って温かいですね」
ほんの一瞬、唇を合わせ続けた夜が蘇る……
水穂の無防備な顔に恋い慕う感情が沸き起こり、籐矢はこみ上げる感情を無理やり抑え込み立ち上がった。
「タバコを吸ってくる」
「病院は全室禁煙ですよ」
「知ってるよ。だけどなぁ、どこにも仲間がいるんだよ」
「仲間って、どこに行くんです」
「ナイショ」
「いい加減に禁煙してくださいね」
「そのうちにな」
「そのうちっていつですか、即禁煙してください」
「あぁ、うるさい! ほら、寝ろ」
怪我人になっても禁煙を叫ぶ水穂を、ベッドに縛り付けるように寝かせた。
「動くんじゃないぞ。それ以上傷が広がったら、彼氏どころか、結婚も危うくなる」
「そんなの、神崎さんに心配してもらわなくても結構ですー」
「ふぅん、好きな相手とABCじゃなかった、HIJKを試すんだろう? 計画変更か?」
「バカーっ!」
枕を投げられそうになり、籐矢は逃げるように部屋を出た。