Shine Episode Ⅰ


あの元気なら回復も早いだろう……と気持ちが軽くなりかけたところで、廊下の向こうから急ぎ足でやってくる栗山の姿が見えて、籐矢の顔に影が差した。

籐矢のかげりのある顔を目にした栗山は、水穂の容態が思わしくないと思ったのか、急ぎ足が駆け足になり籐矢のそばにやってくる。



「水穂さんは! 拳銃で撃たれたって、どこを撃たれたんですか!」



水穂さんと親しく名を呼ぶ栗山へ、籐矢は小さな嫉妬を覚えた。



「脇腹だ。だが心配はない」 



必要最小限の返事をした。

「じゃあ会えますね」 と、返事もそこそこに病室に入っていく栗山を見ながら、籐矢の胸には言いようのない苛立ちが広がっていた。

あの二人はどうなっているのだろう、水穂は栗山とどこまで……

そこまで考えて、頭を大きく振って考えを打ち消し、廊下を大股で歩き階段を探した。

胸の苛立ちをぶつけるように、上階への階段を二段ずつのぼっていった。


屋上のドアはあまり使われていないのか重く、ギィーっと鈍い音をあげながら開いた。

病院内の清潔ではあるが一種独特の空気から開放されて、籐矢は知らず知らず大きく深呼吸をしていた。

息を吐き終わり顔をあげた先に人影が見えた。



「先生がいるってことは、ここは公認の喫煙所ですか」


「だいぶ顔色が戻りましたね。さっきは、怪我人よりあなたのほうが真っ青でしたよ」


「あっ、先生でしたか。部下がお世話になりました。出血がひどくて取り乱しました」


「あんな血を見たら誰だって気が動転します。ましてや大事な人なら尚更だ」



屋上にいたのはくしくも水穂の担当医師で、籐矢と同世代と思われる医師の胸のプレートに 「三原」 とあった。



「いやぁ、どこもかしこも禁煙で肩身の狭い思いをしてますよ」


「同じくです」



喫煙仲間が抱える共通の居心地の悪さを嘆く三原医師の言葉が、籐矢の緊張を解いていく。



「私も含めて医療関係者には喫煙者が多い。煙草の害を身近に感じながら、それでもやめられない。 

仕事のストレスが原因でしょうね。あなたもそうですか、責任のある仕事でしょうから」


「どうでしょうか。忙しさやストレスを理由にしているのかもしれませんね。

いまも、部下に禁煙しろと言われたばかりです」



不思議な空気だった。

ほぼ初対面の人間にこんな話をするなど籐矢には珍しいことで、隣で満足げに煙を吐き出す三原医師へ親近感を持った。



「弾傷は残りますか……」


「そうですね、完全には消えないでしょうね。でも、顔や頭と違って見えない箇所です。

ビキニでも着ない限り、他人の目を気にしなくていいんじゃないかな。

見るのは本人か、彼女のパートナーだけですよ」


「パートナーだけですか」


「えぇ……その癪なヤツは、どこの誰だろう」



三原医師のニヤリと笑う顔が見えて、籐矢は下を向き、ふっと笑った。

互いに二本目の煙草に火をつけて、しばらくそこで時をすごした。



病室の前に戻ったが、中から栗山と水穂の話声が聞こえてきたため、籐矢はドアの前で足を止めた。

ゆっくりその場を離れて、廊下の突き当たりに足を向けた。

栗山に話しかける水穂の声はとても素直で、栗山も彼女を心配し労わる様子がうかがえた。

ごく自然な恋人たちの会話だと思いながら、聞きたくないものを耳にしたようで 籐矢は顔をしかめた。

どうして心が騒ぐ……

その答えを知っているのに、気づかぬ振りをして自分をごまかした。

しばらくすると病室から栗山が出てきた。

左右を見回し籐矢の姿を認めると、廊下の端まで駆けてきた。



「一週間ほどの入院で退院できるそうですね。良かった……

今日は神崎さんが付き添いだって、彼女笑ってましたよ」


「彼女のおふくろさんに頼まれてね。だが、栗山がいるなら俺は帰らせてもらう」


「残念ですが仕事を抜けてきたので、神崎さん、お願いします」


「わかった……傷はたいしたことはないそうだが、あんなことがあったあとだ。

精神状態はまだ不安定だろう、彼女を大事にしろよ」


「アナタに言われなくてもわかっています」



水穂のこととなると栗山は挑戦的な態度をみせる。

道化師のような気分になり、曖昧な笑いを返した自分が嫌だと籐矢は思った。


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