Shine Episode Ⅰ
今日の暴動はあらかじめ予測されていた。
信者に紛れて潜んでいた捜査員は、騒動が起こるや否や動き出した。
神崎は自嘲の笑みを消し去ると、次の行動に移るために建物の外へと足を向けた。
捜査員から次々と報告が入り、それに対して次の指示を与える。
ほどなく騒ぎは静まるだろうと判断すると、東郷室長へ気になる情報を添えた連絡を入れた。
『それは確かか』
『断定はできませんが、おそらく……』
『そうか、戻ったら詳しく聞かせてくれ』
『わかりました』
施設内を歩き回り、ホールで目の端を掠めた男を探したが、どこにも見当たらない。
もっとも、この騒動では誰が誰だかわからず、逃亡はたやすいものと思われた。
見間違いだったのか……いや、確かのあの顔だった。
数年前、都内で発生したテロ事件の重要参考人は、警察の執拗な捜査の手をすり抜け不起訴となった。
忘れられない過去が蘇り、神崎の胸に苦々しい思いが去来する。
集団の暴走を見越して、あらかじめ配置された捜査員の手際よさと、地元警察の介入もあり、思いのほか短時間に騒ぎは収まった。
水穂は車に寄りかかって立つ神崎を見つけると、早足で駆けつけいきなり頭を下げた。
「勝手な行動をとってすみませんでした。でも黙って見ていられなくて……」
「いいさ、そこがアンタのいいところかもな」
上目使いに見た神崎は、いつものサングラスに戻っていた。
黒いレンズからは、彼の目の動きはわからない。
怒っているのか、呆れているのか……
上司の機嫌を探ろうと、感情の見えない顔を見つめていると、いつもと変わらぬ声がした。
「帰りは運転してくれ。俺は寝る」
「いいんですか? 私の運転は荒っぽいですよ」
「知ってるよ」
来るときと同じ会話が交わされる。
帰りは急ぐ必要もないと言いながら、本当に寝てしまった助手席の神崎を気遣いながら運転する。
この数日、今回の打ち合わせのため遅くまで残って会議が行われていた。
水穂たちが帰っても、神崎や室長はさらに遅くまで残っていたようだ。
助手席に目をやると、神崎は腕組みをしやや頭を垂れた姿勢で寝入っていたが、サングラスが邪魔そうである。
路肩に車を止めて、寝入った人を起こさないようにそっとサングラスを外した。
両の眼を閉じた顔が現れ、鼻筋の通ったその顔は安心しきった無防備なものだった。
「荒っぽい運転でも寝ちゃうんだ。ふふっ、子どもみたいな顔をしてる」
水穂は独り言を言いながら、何気なくサングラス越しに遠くを見た。
「えっ……」
レンズ越しに見える風景がひどく歪んで見えた。
不自然なまでに片方のレンズが矯正されたメガネは、神崎の目が普通でないことを物語っていた。
サングラスは目を守るため……
神崎の秘密を覗いたような気になり、水穂は彼のポケットにそっとしまった。
テロの犠牲になった神崎の知り合いは、女性ではないか。
それもかなり親しく心を通わせた相手だろうと、先ほどより安全運転を心がけながら水穂は思った。
犠牲となった人は誰なのか、その人は神崎とどんなつながりがあるのか、室長や父に聞けば容易にわかるだろう。
だが、聞いてしまうのが怖くもあった。
水穂の中の神崎籐矢が、少しずつ姿を変えていく。
この人は、いったいどんな苦しみを抱えているのだろう。
水穂は神崎の言葉の端々から、彼の過去を繋ぎ合わせようとしていた。