Shine Episode Ⅰ

3. 彼と彼女



宗教団体の集会から発生した暴動は、あっけなく沈静化した。

騒ぎが大きなうねりになる前に、誰かが意図して抑え込んだ形跡があった。

捜査の結果、教団の集会を利用して集団を操ろうとしていたグループが浮かび上がってきたが、違法行為すれすれの巧みなやり方に、警察側はうかつに手出しできない状況だった。

次々と報告される宗教幹部の顔写真を、神崎籐矢は食い入るように見ていた。


あいつがいない 見間違いだったのか……

いや、確かにあの顔だった


忘れるはずのない男の顔を思い出し、また頭に刻み付けた。

どれほど身なりを変えても、決して見間違うはずはないと自信を持っている。

神崎の人生で、もっとも忌まわしい出来事となった場にその男はいた。


数年前のこと、事件現場に偶然居合わせた神崎は、テロの実行犯であろう人物を特定し必死になって追いかけた。

神崎に追い詰められた彼らは退路を断たれたかに見えたが、仲間を巻き込み犠牲にするという恐ろしい手段で数名が逃げおおせた。

爆発による煙幕が消えたあと視界が戻ってくると、目をそむきたくなる惨状が広がっていた。

突然の爆発で視界を遮られ犯人を見失ったが、追い詰めた犯人の顔かたちと姿は神崎の脳裏にしっかりと記憶されていた。

それからまもなく、通報者からの情報で逃げのびた男の行方がわかり犯人確保かと思われたが、証拠不十分という神崎にとっては実に腹立たしい理由で、再び世の中に解き放たれたのだ。


先日の集会以後、教団を離れた幹部が何人かいたことが判明した。

今回も上手く逃げたか……

いつか必ずこの手で捕らえて真相を突き止めてやる。

神崎の胸に、新たな思いが湧き上がっていた。


助手席の神崎が、突然声をあげた。



「待てっ、車を止めてくれ!」



珍しく慌てた様子で、車が止まるのを待たず窓を開けて叫んだ。



「ゆか、ゆか! こっちだ」



歩道を歩いていた女性はしばらく声の主を求めて辺りを見回していたが、神崎の顔を認めると嬉しそうに歩み寄ってきた。



「まぁ、籐矢さん」



神崎の名前を親しげに呼ぶ女性を、香坂水穂は運転席から興味深げに見つめた。

遠目にも上品な装いのその女性は、こちらに歩み寄るほどに上流階級特有の輝きを放っていた。

磨き上げられた肌、手入れの行き届いた指先には綺麗にネイルが施され、身に着けている装飾品や服は、上質な物だけが持つ落ち着いた色合いを見せている。

何より、身のこなしが育ちの良さを物語っていた。



「元気だったか」


「えぇ、籐矢さん、帰国したのに顔も見せないんだもの。元気そうね」


「ダンナはどうだ、相変わらずだろうな」


「元気だと思うわ。二週間以上会ってないけど」



留守にしている夫を心配する顔ではなく、むしろ落ち着いた笑みをたたえている。



「忙しそうだな、海外か? 今どこだ」


「うふふ……さぁ、どこで何をしているのかしら。でもね、連絡がない方がいいの。

フランスで怪我をしたと聞いた時は、生きた心地がしなかったわ。

あの時は、籐矢さんにもお世話になりました」


「たいして役に立てなかったが……そうか、潤一郎は出張中か……

あいつに聞きたいことがあったんでね」


「潤一郎さんに連絡を取りたければ、父に聞けばわかると思うけれど」


「そうだな」


「京極の家にも顔を見せてね。みんな、藤矢さんのことをいつも心配しているのよ」


「あぁ、そうするよ」



女性は運転席の水穂へ笑顔を向け、形のいいお辞儀をしてから、再び神崎へ顔を戻した。



「待ってるわ」



神崎はその人へ軽く手を上げると、水穂へ車を出すよう促した。

言われるまま車を発進させ、走り出してすぐ水穂は助手席へ話しかけた。



「綺麗な方ですね」


「あっちもそう思ってるよ」


「神崎さん、それ、答えになってません。私にお世辞を言ってどうするんですか」



神崎が、フフッと笑って水穂を見る。

いましがたの女性の正体がわからず、モヤモヤを抱えるのが透けて見える顔である。



「彼女が気になるのか? もしかして、俺の彼女とか思ってるんじゃないだろうな」


「まさか、神崎さんとは雰囲気が違いすぎます。もしあの人と付き合っていたら不倫じゃないですか。 

それこそありえませんね」


「そうかぁ、そんなに雰囲気が違うか。従姉妹なんだがなぁ」


「えぇーっ!」


「そんなに驚くな」


「驚きますよ。だって、神崎さんが、あの上品な人と血が繋がってるなんて信じられません。

あっ、わかった。義理のいとこですね。そうでしょう!」


「ハズレ」



水穂は、信号待ちを利用して神崎の顔をじっと見た。

バランスの取れた顔のつくり、顎のラインや口元など、言われてみれば彼女との相似点は多く、二人の血のつながりを感じとっていた。



「こら、前を見て運転しろ。俺はまだ死にたくないんだよ」


「私もです」



信号が青になり走り出しても、運転の合間にちらちらと神崎を見る。



「俺のお袋の弟がアイツの親父だ。警察庁長官を知ってるか? 京極長官がアイツの父親だよ」


「京極長官は、神崎さんの叔父様ってことですか」


「まぁな」



こともなげに自分の出自を語る神崎に、水穂はそれこそ驚いた。



「京極家といえば名門じゃないですか。神崎さんって……いいところのお坊ちゃんだったんですね」


「バカ!」



神崎が、いきなり水穂の頭を小突いた。



「痛いじゃないですか!」


「お前が余計なことを言うからだ。家は俺にとってコンプレックスなんだよ」



「これ以上の質問は受け付けない」 と言ったっきり黙り込んでしまった。


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