君と一緒に恋をしよう
#10『後片付け』
プログラムも後半に入って、時計の針も11時を過ぎた。
残りの一時間で、全ての競技を終わらせる予定だ。押せ押せの、せっかちな進行が続く。
男子で固めた2年4組は、決勝の全学年対抗リレーで、同じように男子生徒で固めた3年のチームと激戦を繰り広げ、結局は二位で終了した。
盛り上がった体育祭も、ほぼ時間通りに全プログラムが終了した。立木先輩の閉会宣言が行われて、ほっと胸をなで下ろす。
自然発生的に、本部テントで拍手がわき起こり、それが学校全体に広がっていく。私はなぜか感動して、ちょっと涙ぐんでしまった。
「お昼が終わったら、片付けよろしくね」
そんな私に、立木先輩は笑った。
淸水さんと上川先輩の声がして振り返ると、彼らは同じクラスの友達同士と何かを話していた。それを見た先輩は、立ち上がりかけていた腰を、また元の椅子に戻す。
そっか、あの二人とは違うクラスだったもんね。
立木先輩は、お昼ご飯、どうするんですか?
そうやって聞いてみようかとも思ったけれども、聞いたところで、どうにかなるわけじゃない、私と一緒に食べましょうってのも、何か変だし。
ふいに、先輩が私を見上げた。
「ん? どうかした?」
「いえ、午後からまた、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、逃げる様にその場を立ち去る。
立木先輩は誰とお昼を食べるのかな、私だったら、あの二人とは一緒に食べられない。
自分のクラスのテントに戻ると、奈月が市ノ瀬くんとじゃれあっていた。
二人とも髪に白い粉をかぶっていて、体操服も一部が白く汚れている。
「なにやってんの?」
「違う! 私が炭カルの粉をライン引きのセットの中に移し替えてたの! そしたら後ろからワザとぶつかってきて」
「だから、ワザとじゃないって」
「その後、残りの粉をまき散らしてたくせに!」
とにかく楽しそうに、きゃっきゃ、きゃっきゃと騒いでいるから、私は目の前に座っている市ノ瀬くんの髪に付いた粉を払う。
彼はちょっとびっくりしたように首をすくめた。
「な、触るなって!」
私に触られた髪を、自分でくしゃくしゃにかき回す。
「私、お腹へったんだけど」
正直、そんなことはどうだっていい、問題は、私のお腹がすいていることだ。
私が空いていた椅子に座り込むと、なぜか三人で一緒にご飯を食べようという話しになった。
屋外テントの下を離れ、エアコンの効いてる教室に戻って、お弁当を食べる。
私と奈月はいつも一緒にお昼を食べてるから平気だけど、市ノ瀬くんは誰と食べてたっけ、いいのかな、ここにいて。
そんなことを思いながら三人で食べ始めて、ほとんど終わった頃になって、津田くんが教室に入ってきた。
「なんだ、お前らここで食ってたの?」
彼はそう言うと、私の隣に座った。
「お前、腕、大丈夫だったのかよ」
市ノ瀬くんが、彼に話しかけた。
「あ、もうダメ、やっぱ折れてたのかも、もうバスケ出来ない……」
急に右腕を押さえて、かがみ込む。奈月はそれを見て笑いだし、私は津田くんの脇腹にパンチを入れた。
「さっきは平気だって言ってたたのに!」
「志保ちゃんの顔見たら、急に痛くなってきた」
「何しに来たの?」
「顔を見に来たの、俺、ドMだから」
なにそれ、そんなイヤミの言い方ってある? 生まれて初めて聞いた、そんなセリフ。
私は自分の頬が赤くなっていくのが、確実に分かっている。
分かってはいるけど、よけいなことを言ったりやったりしたら、さらに津田くんから突っ込まれそうで、そのまま固まっておく。
津田くんもそんな私に気づいたのか、ちょっぴり赤くなって、テンションが落ちた。
よかった、この調子でからかい続けられたら、ホントにどうにかなりそう。
「あぁ、今の、ウソだからね」
津田くんが横を向いて、ぼそっとつぶやくから、私にはますますどうしていいのか分からない。
奈月はそんな私たちを見て、お腹を抱えてさらに笑った。
「ヤダ、そんなの志保だって分かってるよ! 二人とも何かかわいい!」
ダメだ、今の奈月のテンションは絶対におかしい。
それに、津田くんも時々ワケの分からないことを言って絡んでくるから、ちょっと苦手だ。私は立ち上がった。
「もう行くね、片付け終わらないと、生徒会総務はいつまでも帰れないし」
津田くんも、それを見てすぐに立ち上がった。
「あ、俺も行く」
教室の中を、私は廊下に向かって歩き出す。そのすぐ後ろを、彼はついてきている。
本当に、私の顔を見にきただけだったのかな、そんなことないよね。
教室の扉を開けたところで、私は彼に呼び止められた。
「あのさ、今日じゃなくていいんだけど、ちょっとつき合ってほしいことがあるんだ」
私は彼を見上げた。その彼の顔は、さっきよりもずっと赤くなっていた。
「嫌じゃなかったら、で、別にいいんだけど」
「うん、いいよ」
なぜか、私まで赤くなる。彼はうれしそうに手を振って、先に廊下を走っていってしまった。
よく考えてみたら、何につき合ってほしいのか、その内容も聞いてないのに、よくもまぁ適当な返事をしたもんだ。自分でも、頭がおかしいんじゃないかと思う。
だけど、別に彼の頼みなら、嫌じゃないと思うし、本当に無理なことだったら、その時に断ればいいだけの話しだ。
私は、校庭のテントへと向かった。
テントでは、すでに立木先輩が片付けを始めていて、机の上には、食べかけのコンビニおにぎりが転がっていた。
「先輩、ここでご飯食べたんですか?」
「うん、色々聞かれることが多くって、離れられなかったから、ゆかりたちが気を利かせて、買って来てくれたんだ」
それで、立木先輩は本当によかったのかな、そんなんで、先輩はいいの?
私は、彼の隣にストンと腰を下ろした。
「ここで、一人で食べてたんですか?」
「それはないから、大丈夫」
先輩はにこっと微笑んで、チェックリストを差し出した。
「ほら、早く帰りたかったら、遊んでる場合じゃないよ、片付けの進捗状況、チェックしてきて」
私は、渡された紙とボードを手に立ち上がる。そうだ、これから片付けをして、本当に帰れるのは夕方遅くになってからだ。
一緒に回るはずだった梨愛は、別の片付けの応援に呼び出されていていなかった。
私はチェックリストをめくりながら、どの順番で回ろうかと考えている。
だけど、いざ回ってみると、みんなすることも分かっているのか、やることも早くて、特に心配しなくても順調に進んでいるようだった。
体育館横の倉庫に来た。市ノ瀬くんと奈月が他の部員たちに混じって、用具の点検と清掃、片付けを手伝っていた。
私はハンド部のマネージャーさんに声をかけられ、進捗状況の報告を受ける。
特に問題はないし、足りない備品とか壊れたものもないみたい。反省点や次回への改善点は、後で生徒会本部へ上げられることになっている。
私はその報告を聞いて、次の場所へと向かうべく体の向きを変えた。
「なぁ、小山」
声をかけてきたのは、市ノ瀬くんだった。足を止めた私に、彼は駆け寄る。
「あのさ、あの……」
彼は、何かを言おうとして口ごもった。視線をあわそうともせず、横目を向けたままで、何を言おうかと考えている。
「さっきさ、教室を出るとき、あ、あれ……」
私は彼を見上げる。さっき? 教室を出るとき? いつの話しだ、なんの話しだろ。
「あ、いや、やっぱ何でもない」
彼はそれだけで、サッカー部の仲間のところに戻っていってしまった。
彼の背中を追っていた私の視線は、さっきまでそこにいなかった上川先輩を見つけてしまっている。彼は、奈月と一緒に作業をしていた。
やっぱり、私も何か部活に入っておけばよかったかな、奈月の言う通り、一緒にバレー部にでも入っていたら、もうちょっと何か、違ったのかもしれない。
そんな思いがふと頭をよぎって、私は自分で自分がバカバカしくなる。
そんなことしたって、なにが変わったっていうんだろう。あの人をずっと見ていたいようで、でも見ていられないようで、私はそこから逃げだした。
夕方5時を過ぎる頃になって、本当に全ての片付けが全部終わった。
「お疲れさまー」
淸水さんの言葉に、やっと終わったという実感がわいてきた。もうすっかりきれいになった校内では、一部の部活が活動を始めている。
「この後、生徒会の打ち上げ予定してるけど、来られる人いる?」
3年生の、一部の仲良しグループが手を挙げた。立木先輩もそこに含まれていたけど、上川先輩の姿はない。
どうしてだろ、そっか、上川先輩は、生徒会総務ではないからだ。
「じゃ、来られる人だけってことで」
淸水さんを中心とした、本部の中心メンバーたちが消えていった。
その他大勢の私たちは、それぞれの帰路につく。
教室に戻って、私は鞄を手にとった。校舎を出たすぐ向こう側には体育館が見えていて、バスケ部とバレー部がもう動き出していた。
何となく、外から中をのぞいて見る。
固いボールを床に突く音が響いて、バッシュの靴底と、床面のこすれる音が耳に届く。
手を高くまっすぐに伸ばして、ボールを下から持ちあげるようにゴールを決めた津田くんがいた。彼は、Tシャツの裾で口元の汗を拭く。
彼に気づかれないようにのぞいていた私に、彼はやっぱり気がつかなくて、私はそのまましばらく、そこで彼を見ていることが出来た。
どれくらい見ていただろう、ふと目があった奈月には気づかれて、小さく手を振った。それを合図に、私はそこから離れる。
日が傾きかけていた。フェンス越しのグラウンドでは、サッカー部が練習をしている。
上川先輩の姿を見かけて、なぜかほっとした。
市ノ瀬くんとも目があったような気がしたけど、遠いから、それはなかったことにする。
私は、学校を後にした。