君と一緒に恋をしよう
#12『入ります!』
翌朝、駅のホームから出ると、また市ノ瀬くんと一緒になった。
後ろから声をかけられ、隣に並ぶ。
並んだはいけど、特に会話はなく、ただ歩いてるだけ。私は何を話そうかと、必死で頭の中を探しまわった。
「そういえば携帯の番号、聞いてなかったよね」
ようやく見つけた、この場で適当かどうなのかもよく分からない答えが、これだった。
何も話さないよりはいい、突然すぎて変に思われないかは、心配だったけど。
彼は「あぁ、そうだったっけ」って、軽い返事で、本当にそのことに気づいてもいなかったのか、さっと携帯をとりだした。その場ですぐに交換する。
「奈月のは知ってるの?」
「うん、聞いてる」
特になんの意味もなく、何となく聞いてみただけの質問だった。交換がまだだと言われれば、「じゃあ奈月ともしとけば」って、すぐに言うつもりでいた。
なんだ、私だけだったのか、市ノ瀬くんと交換してなかったのって。
「ふふん、これで生徒会の仕事から、絶対に逃れられないようにしてあげるからね、覚悟しといてよ」
そう言ったら、彼は絶対不機嫌になって怒ってくるだろうと思っていたのに、ふっと笑っただけだった。
「なんだよそれ、それが目的?」
校舎に入ると、今日の彼は靴箱のところで、すぐに私を振り返った。
「じゃあな」
これから先、向かう教室は同じ所なのに、彼は背を向けたまま、さっさと階段を登っていってしまう。
どうして駅からここまでは一緒に来られて、ここから教室までは一緒に行けないんだろう。
私が教室に入ると、彼はさっさと鞄をしまって、男子軍団に混ざり込んでいた。
なんなんだろう、あの人、やっぱりよく分からない。私はため息をついて、自分の席に座った。
「おはよー」
すぐに奈月がやってきて、たわいのないおしゃべりを始める。
奈月は、いつ彼と番号の交換を済ませていたのだろう、別に友達だからって、全部を知ってるワケじゃないし、そんなことをわざわざ報告したりとか、しなかったりとか、そんな必要がないのは分かってるけど……。
「あのシーンで、あのセリフはないと思うわぁー」
「でっしょ! だよねー」
奈月は市ノ瀬くんと、どんなやりとりをしていたんだろう、しているんだろう、自分が少し、のけ者にされていたような気がして、だけどそれは全くの勘違いだと、思い込みだと分かっていて、私はくだらないおしゃべりを続けていた。
放課後になって、私が委員会の準備をしていると、津田くんが声をかけてきた。
「今日も生徒会の総務?」
そうだと答えると、彼は「まるで部活だね」と言った。並んで教室を出る。
彼はバスケ用の大きなバッグを抱えていて、それがとても大変そうで、私は彼を見上げた。
「ん? なに?」
「重たそう」
私は、彼の胸に斜めにかかった肩ベルトに手を伸ばす。彼は立ち止まって、私はそこに、そっと手を置いた。
「持ってみる?」
彼は自分の肩からそれを外して、私の頭の上から、ふわりとかけた。
彼の長い両腕が、私の体を包み込むようにして、真横を通過する。
「手、離すよ」
言い終わったとたん、ぱっと彼の手が開いて、急にずっしりとした重みが、肩にかかった。
「ちょ、重いって、何コレ!」
津田くんは笑いながら、廊下を先に歩き出す。
「あはは、体育館まで運んでくれんの? 楽だなぁ~」
「いや、運ばないから! 重いし、返す!」
慌てて彼の後を追いかける。私の目的地は体育館じゃない、全く反対、生徒会室はこの校舎の上の階だし!
笑いながら彼は振り返ると、私に両腕を回した。
「冗談だよ」
にこっとして、重たいバッグを持ちあげた。彼の指が私の肩に触れ、ちょっとドキっとする。
「じゃあね、頑張って」
その鞄を軽々と肩にかけてから、彼は手を振って下へと降りていった。
こういうことをするのはやめてほしい、全く、恥ずかしいっていうか、こっちがドキドキするから。
私は階段を駆け上がる。よく考えてみたら、最初に始めたのはこっちだったんだけど。
「何やってんの」
下の方から呆れた声が聞こえて、振り返ると市ノ瀬くんだった。
「仲良しだねー」
珍しく、彼は自発的に生徒会総務にやってきたらしい。
どちらかと言えば小柄で、私よりちょっと背の高いだけの彼が、横を素通りしていく。
私はムッとして階段を駆け上がり、彼をワザと追い越して走った。生徒会室のドアを勢いよく開けて、中に飛び込む。
「こんにちは!」
入ったら立木先輩と、他の何人かの総務がいるだけで、上川先輩と淸水さんは来ていなかった。
「上川先輩と、淸水さんはまだ来てないんですか?」
「うん、上川はね、本当は総務じゃないんだけど、特別にちょっと手伝ってもらってたんだ」
やっぱりね、おかしいと思ってた。あんな背の高くて、がたいのいい大きくて目立つ人、すぐに気づかないワケがない。
「じゃあ、もう生徒会には来ないんですか?」
「いや、忙しい時には手伝うって約束だから、多分学園祭も手伝うよ」
立木先輩は、にこっと微笑んでうつむく。
「他に代役立てちゃったら、もう来ないかもしれないけどね」
その横顔が、ちょっとさみしそうで、悲しそうなのが、私には不思議に感じた。
今日の委員会は、体育祭の反省まとめ、それと、次に予定されている校内風紀の運営方法の確認と、学園祭の準備の準備だった。
「テストが終わったら風紀改善運動をやって、それが終わったら夏休み、明けたらすぐに学園祭だ」
今日の委員会を最後に、しばらく生徒会活動は中断される。公園の掃除は続くけど、津田くんが言ったみたいな、部活とはやっぱりちょっと違う。
一時間ちょっとで解散、私は立木先輩に駆け寄る。
先輩に「どうかしたの?」って顔で見上げられて、私は勢いで駆け寄ったものの、自分でも何が言いたいのか、何をどう言えばいいのか、分からなくなって、混乱していた。
「あ、あの、あのですね……」
立木先輩はいつだって優しい、私が話し出すのを待ってくれている。
「いや、別になんでもないです」
私は自分で自分の混乱に負けた。そのまま先輩の前にストンと座る。
「生徒会総務、大変だったと思うけど、しばらく休みだから、しっかり休憩して、また来てね」
そうだ、これがなくなったら、上川先輩だけじゃなくって、立木先輩ともしばらく会えなくなる。
「生徒会長って、その間は何するんですか?」
「別に、特に何もすることはないよ」
彼は笑った。
私はやっぱり何をどう言っていいのかが分からなくて、そのままもじもじと座っている。
「俺はもう出るけど、志保ちゃんはどうする?」
その言葉に、慌てて立ち上がる。
「私も出ます!」
立木先輩と並んで廊下を歩く。そういえば、先輩とこうやって歩くのは初めてかも。
「先輩って、園芸部でしたよね」
そうだ、生徒会総務の名簿には、立木先輩の部活欄は『園芸部』だった。
「うん、そうだよ、てゆーか、園芸部って、生徒会の延長みたいな部だからね」
うちの学校の園芸部は、園芸部とは名ばかりの帰宅部受け入れ部だ。
他にも、マジメに部活はしたくないけど、どこかには所属しておきたいっていう生徒が集まっている。
結局、そういった子たちを集めて、生徒会活動にかり出しているのが、この学校での園芸部の立ち位置だ。
生徒会長及び、生徒会幹部のほとんどが、この園芸部の出身だから、立木先輩も自然に園芸部に入ったんだろう。
「私も園芸部に入ります!」
「えぇ、ホントに?」
彼はびっくりして、私を見下ろした。
「入り、たいので、入ります」
「いや、うれしいよ、凄くうれしいんだけど」
彼は立ち止まった。
「あのね、もうちょっとよく考えた方がいいような気が……」
生徒会長で、必然的に園芸部の部長でもあるこの人が、そんなことを言うなんて、ウケる。
「どうしてですか? 私じゃダメですか?」
私が笑ったら、彼は私よりも白い肌の頬を赤くした。
「いや、別にそういうワケじゃ……」
「入部届けって、どうすればいいんです?」
「職員室の前においてあるけど……」
「じゃあ、私が書いて持って行ったら、先輩が受け取ってくれますか?」
「……、それは、いいんだけど……」
階段での分かれ道、ここから先は、帰る校舎が違う。
「じゃ、書いたら持って行きますね!」
「いいけど、次の園芸部は、来週の木曜日だよ」
私は立木先輩に手を振った。彼は軽く片手をあげて、挨拶を返してくれる。
私は自分で突然思いついた名案に、とても満足して職員室前へと急いだ。