君と一緒に恋をしよう
#13『園芸部』
翌日、園芸部入部宣言をした私に、奈月と津田くんは驚いた。
「え? 志保は生徒会活動に、ドハマリしちゃったの?」
「なんかね、ちょっと楽しくなってきたんだ」
「意外だった……」
津田くんのつぶやきに、奈月も賛同する。
「なんだよー、園芸部かー」
彼は横を向いて、悔しそうに目を背ける。奈月はそれを見て、「なにそれ」と笑った。
「いいじゃない、別に」
「いいよ、全くの問題なし」
彼は頬杖をついて、こっちを見下ろす。
「なんかちょっと残念」
チャイムがなった。席の遠い奈月は、自分のところに帰っていく。
残念って、なんだソレ。私は隣の津田くんを見上げたけれども、彼の横顔はそれ以上、なにも教えてくれなかった。
園芸部、記念すべき活動初日は、朝の気温と天候チェックだった。水やりの回数は、雨の降り具合をみて調整しているから、毎朝の記録は欠かせない。
他の先輩たちからは、ネットで調べたのを書いておけばいいよーなんて言われたけど、せっかくのこの気合いを無駄にしないよう、私は朝早い電車に乗った。
駅を降りて、辺りを見渡す。
市ノ瀬くんと、二回連続で一緒になった時には、「もしかして待ち伏せ?」とも思った。
だけど、そう勘違いしたとたん、3日目には彼は現れず、やっぱり本当に偶然だったことが確認できた。4日目にはまた現れたけど、その時にはもう、私も勘違いしたりなんかしない。
普通にしゃべって、次の日はまた来なかった。大丈夫、安心してよし、これは偶然なんだから。
今日は、私がいつもよりちょっと登校時間が早い、だから、彼と一緒になることは、まず間違いなくない、と、思っていたら、本当にそうだったから、それでいい。
私は自分でしっかり納得してから、学校へ向かった。
市ノ瀬くんも、私が園芸部に入ったことは知っているし、今日は早く出ることも知っている。みんなで一緒になった時に、ちょっとだけそれをしゃべった。
これで彼と今朝も駅で一緒になっていたのなら、もしかしたら、もしかしたのかもしれないけど、それはなかった。つまりは、そういうことだ。
校内に入ると、正門のすぐ右手にグラウンドがある。元気のいいかけ声が聞こえて、ふと顔を向けると、サッカー部が練習をしていた。
あぁ、だから今日は、市ノ瀬くんは駅にいなかったのか、サッカー部の朝練か。
私はなぜかそんなことを思って、グラウンドを囲むフェンスに目をやる。梨愛が一人で、そこにくっついていた。
「おはよう」
私が声をかけると、彼女は振り返って、にこにこの笑顔で手を振ってくれた。何となく、私もその隣に立ってグラウンドをのぞく。
「梨愛ちゃん、学校来るの早いね」
「うん、今日はたまたまね、サッカー部の、朝練の日だったし」
彼女の横顔は、うれしそうに前を向いている。
「月曜って、サッカー部の朝練の日なの?」
「ううん、普段は水、金だけど、試合が近いから、そういう時だけ、月曜の予備日を借りてるんだ」
彼女はたしか帰宅部だったのに、どうしてこんなに詳しいんだろう。
市ノ瀬くんとは幼なじみだって言ってたから、そんな話しも普通にするのかな。
私は「ふーん」とだけ答えて、視線を彼女と同じように前に向けた。
あぁ、いた。市ノ瀬くんだ。
練習してる、こんな朝イチから、あんなに走って汗だくだ。
じっと見ていると、彼がふいに顔を上げて、こっちを見た。私は反射的に片手を上げる。
そこから手を動かして振り返そうとしたら、それよりも先に、梨愛は思いっきり大きく手を振った。
「頑張ってねー!」
彼女の声援に、彼は一度うつむいてから、また走りだす。
「やった、今日は手を振ってもらえた!」
梨愛は、とてもよろこんでいた。
そして、今もまだよろこんでいる。
聞きたいことがあるようで、ないようで、勝手にわき上がってきては見え隠れしそうな言葉を、ぐっと胸の奥に押し込める。
多分、なにも言わない方がいい。
笛が鳴って、部員たちが一箇所に集まり始めた。そろそろ朝練も終わりの時間だ。
「志保ちゃんは、今日はどうしたの? ずいぶん登校時間、早いよね」
片付けの様子を見ていた彼女が、ふいにそう言った。
「あぁ、私、園芸部に入ったの」
「園芸部ー!」
彼女はびっくりしたような大声をあげて、私を振り返った。
「俺も聞いてびっくりした」
その声に私もびっくりして、見上げると上川先輩がいた。
「わ! どうしたんですか?」
自分が一気に挙動不審になっていることが、自分でも分かってて、すごく恥ずかしくて、やめたいけどやめられない。
「俺、昨日の試合で足ひねってさ、今日の朝練はやめたんだ」
「え? 大丈夫なんですか?」
私は、彼の足元に視線を落とす。
「うん、それよりもさ、志保ちゃんが園芸部入ったって聞いて、びっくりしたよ。立木から聞いたんだ」
彼は私を見下ろして、にっと笑った。
「なんだかんだ言ってたけど、結構うれしそうにしてたよ」
そんな顔でそんなことを言われると、私に真っ赤になれって命令してるようなものだ、もちろんそれに抵抗は出来ない。
「いや、生徒会活動が楽しかったっていうか、結構面白かったし……」
どうしてこんな話しを今ここで、しかも上川先輩にしているのかが分からない!
「色々大変だと思うけど、応援してるから、頑張って」
彼は少し背をかがめて、私の耳元でささやくように、そんなことを言う。
「じゃ、またね」
上機嫌で去っていく上川先輩の後ろ姿に、私の方が全身汗びっしょりだ。
「やだー志保ちゃん、総務の仕事、そんなに楽しかったの?」
彼女の両手が、ちょこんとならんで私の右腕に乗った。
彼女はワザと、先輩の声色をマネて言う。
「色々大変だと思うけど、応援してるから、頑張って」
私は梨愛の両脇をくすぐって、しっかりと制裁を加えておいた。