君と一緒に恋をしよう
#14『6月の空』
梨愛と上川先輩に邪魔されたおかげで、すっかり朝の気温チェックを忘れてしまった。
私は朝の教室で、ブツブツ文句を言いながら座っている。
「どうかしたの?」
津田くんが、見るに見かねたような雰囲気で話しかけてきた。
「いや、今日は園芸部の、記念すべき活動初日だったんだけどね」
花壇横の温度計を見られなかった話しをすると、彼は携帯をとりだした。
「そんなの、ネットで調べとけばいいんじゃない?」
そう言って調べてくれてるけど、なんかこうさ、部活って、そういうものでもないじゃない? そりゃ運動部じゃないから、温度計チェックで熱血とかもありませんけど?
ムッとして横を向いていた私を、彼はのぞき込む。
「え、違った?」
「違わないけど、違う」
困った顔をしてる津田くんの、困ってるのは分かるけど、私の怒りはそこじゃないし、それを上手く説明も出来ない。
「バーカ、ちげーよ、コイツは梨愛とじゃれあって遊んでて、自分で忘れただけだって」
市ノ瀬くんはワザと、鞄を私にぶつけるようにして、むりやり津田くんとの間を通る。
「りあ?」
「5組の総務の子、一緒に、体育祭で仕事してた」
「あぁ」
そんなことより、さっきから彼の部活バッグが私の目の前で揺れている。
「ちょっと、邪魔よ、邪魔!」
「うるせー、お前らの方がうるさくて練習の邪魔だ!」
私が鞄を押しのけようとすると、それにもたれかかって、さらに押してくる。
「ほんっとに邪魔!」
「あぁ、すみませんでしたね」
思いっきり上から目線で謝られて、彼は自分の席に去っていく。
こんなに受け入れがたい謝罪も、あったもんじゃない。
「じゃあ、今朝の気温、調べたけどいらない?」
「いる」
私は津田くんに教えてもらったその気温を、素直にメモにとった。
園芸部の活動は、自分で言うのもなんだけど、それはそれは地味なものだった。
何の花を植えようかということになって、私は朝顔を提案した。
朝顔は、小学校の夏休み以来の花だけど、私は夏の日に、どこかの庭先で咲いているこの花は、本当に優雅で切ない夏だけの花だと思っている。
結果は上々、種は部費で買ってもらえて、校内の花壇にツルを巻き付けるためのネットも張った。
種付けにはちょっと遅い時期だったけど、新入生特権として、立木部長からOKが出た。管理もしやすいし、育てやすい。
土を作るところまでは手伝ってもらって、みんなで種もまいた。
それで園芸部としての活動は終了、後は自然の営みと、植物の持つ生命力を信じて待つ。
授業が終わった帰り道、まだ芽の出ない土の前で仁王立ちになり、気合いの入った荒い鼻息を一つ噴きだしてから、今日の観察日記を携帯に記録する。
さぁ、帰ろう、私が花壇に背を向けた時だった。部活のTシャツに着替えた津田くんが、すぐ後ろにしゃがみ込んで、私を観察していた。
「作業、終わった?」
作業もなにも、ただ何もない土の上をながめただけだ。
「うん、何にもしてないけどね」
彼はしゃがみ込んだまま、ずるずると花壇の横に歩いてきて、やっぱり何もない土をながめた。自然に、私も彼の隣にしゃがみ込む。
彼は、自分の夏休みの思い出を語り始めた。小学校でのプール、その頃から始めたバスケ、中学でのこと、高校受験のこと……、
私は適当に相づちをうちながら、彼の話を聞いていた。私は別に構わないんだけど、部活に行かなくていいのかな、この人はここにいても、いいのかな。
ふいに、彼は立ち上がった。
「今度さ、バスケの試合、見にきてよ」
「うん、いいよ」
何も考えずに即答してしまったけど、これはある意味、自然な流れだったと思う。
彼はうれしそうに笑った。
「やった、約束ね」
「いつ?」
「また連絡する」
津田くんが歩き始めたので、私も彼について歩く、これも自然な流れ。
「もう帰るの?」
「帰る」
「体育館よってかない?」
「じゃあ、そこまでね」
体育館までの短い距離を、彼はまた自分の小学生時代の思い出話しで埋めていった。飼っていたカブトムシと、いたずらして怒られた話し……。
目の前に体育館が見えて、中からはバスケ部の大きな声が響いている。私たちは足を止めた。
「じゃ、またね」
私が手を振ったら、彼は走って中へ戻っていった。
私はつい、クスッと笑ってしまう。結局、津田くんは花壇まで、なにしに来たんだろ、変なの。
楽しそうに、一生懸命しゃべる彼の横顔がとてもかわいらしくて、見ている私もそれだけで楽しくなるから、ずっと話しを聞いていてあげられる。
私なんかよりずっと背の高くて、運動部らしいがっしりとした体つきの津田くんが、全くの無防備でいるのは、ちょっといいなって思う。
試合、試合かぁ、バスケなんて、あんまり興味ないけど、津田くんの試合が見られるんだったら、一回くらい行ってみてもいいかも。
彼がバスケをやっているところは、前にも見たことはあるけど、じっくり見たことはなかったな、本人からも誘われたんだし、だったら千佳ちゃんも誘って、一回くらいは行ってもいいかも。
私は校門へ向かって歩いた。
6月に入ったばかりの空は、たっぷりと水分を含んだ重たい雲が低く垂れ込めていて、まだ日は落ちていないのに、どんよりと全体が灰色に染まっている。
じっとりとした空気が少し息苦しい。グラウンド横のプレハブ小屋で、何かを話し合う男女の声が聞こえた。
フェンスで囲まれた裏側、ここからはちょうど大きな木があるおかげで、こっそりのぞき見ることができる。
そこにいたのは、上川先輩と淸水さんだった。